第6話 予言者の修行場 ②

 お師匠様は廊下の突き当りまでいくと右側の部屋に入り、黒檀こくたんでできたテーブルにロイを案内する。


「ウワッ! すごい量の本ですね!」


 壁一面にびっしりと本が収められている。


「ここは何の部屋ですか?」近寄って背表紙を見ると、見たことのない文字が書かれている。

「ここは長老の部屋ですよ。私を含め、一握りの者しか、この部屋のドアを見付けることができないんですよ」

「ドアを見付けることができない?」意味がわからず困った顔をすると「あのドアは、一部の者にしか姿を現さないんですよ」入ってきたテーブルと同じ黒檀こくたんでできたドアを指すので「では、この本に書かれてる文字も、その、一部の人にしか読めないと」

「勉強すれば読めますが、かなり修練を積んだ者にしか読めませんね。予言者が使う古代文字の一つですからね」

「そうなんですか。僕には幾何学模様きかがくもようにしか見えません」

「ホホホッ。そうでしょうね。さあ、お掛けくださいね。コーヒーをお淹れしますよ」


 部屋の右側にある小部屋へ入っていく。


 ロイが手前の椅子に腰掛けると、テーブルの端に古びたハードカバーの本が置いてあり、何気なくタイトルを見ると「レジーナ・マリス」と書いてある。


(なんでこの本の文字だけ読めるんだろう?)


 不思議に思っているとお師匠様がコーヒーセットを持ってきて、カップに注ぐとロイの前に置く。


「あれ? どうして僕がブラックで飲むのをご存じなんですか?」


ミルクや砂糖、スプーンでさえソーサーの上にない。


「お忘れですかね? 私は予言者ですよ。そのくらいわかりますよ」

「ああ、そうでしたね。あ、そうしたら、今日、僕が訪ねてくることもおわかりだったんですね? だから入り口のところにいらした」

お師匠様はニッコリ笑うと「ところで、この老婆に何をお聞きにいらしたんですかね?」

「どんな事か、察しが付いておられるのではないですか?」

「まあ、今回の事態の解決についての助言、というところでしょうかね」

「そのとおりです。先ほど父に呼ばれまして、今回の石化現象の報告を聞いたんです」


 執務室で話した内容を掻い摘んで話し「その時ニネが、予言者の間で伝わってる古い口伝の一つを話してくれたんです」話の続きと、なぜここに来たのかを伝え「それで、アミークスと呼ばれる人物は存在するんでしょうか?」


 すると、お師匠様はなぜか困った顔をして、黙ってしまった。


「あの、お師匠様?」

「困りましたね」小さくため息を吐くと「この話は聞かなかったことにしてください、と申し上げたら、諦めてもらえますかね?」

「どういうことですか?」

「訳を聞かず、お帰りいただくことはできませんかね? とお聞きしたんですよ」

「どうしてですか?」

「ファルネス系の運命が掛かっているのはわかりますが、無理ですかね?」

「どうしてなのか、理由を聞かせていただけないと納得できかねます」

「そうですよね」


 しばらく沈黙が続いたが、諦めたように「わかりました。お話しましょう。実は、存在を明らかにしてはいけない方なんですよ」

「どういうことでしょうか?」

「言葉のとおりですよ」

「なにか、危険人物とかですか?」

「いいえ、その逆ですよ。悪いやからに知られたら大変なことになるお方なんですよ」

「そんなに特殊な人なんですか?」

「まあ、ある意味、そうなりますかね」

「わかりました。では逆に、どんな事なら教えてもらえますか?」


「ですからね……」ため息を吐くと、引き下がることはないだろうと諦め「ニネも困った話をしてくれましたね」と肩を落とす。

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