雷神

 白い肌は赤らみ、所々が火傷していた。

 顔の半分は焼かれ、髪は縮れて、女として生きるには絶望的な状態。

 瞼は半ばほどまで閉じているが、この世に未練があると言わんばかりに、瞼の隙間からは黒い目玉が空を見ている。


 ブルビスは剣を引き抜き、片手に小さな炎の渦を浮かせていた。

 躯を焼いて、供養しようと考えたのだろう。

 こういう所は慈悲深い男である。


 ところがブルビスは、炎を顕現した状態で静止していた。

 彼だけではない。

 遠くにいる魔族と兵士達。逃げ惑う民衆。

 紗枝を探す黒女。


 この世の全てが、静止していた。


「だから、言っただろう。死ぬ、と」


 声を発したのは、いつの日か底都で会ったヴィーダであった。

 いつの間に来たのか、ヴィーダは紗枝の横で胡坐を掻いていた。


 相変わらず退屈そうな顔をして、肘を膝に乗せ、頬杖を突いていた。


「お前。……というのに、こんなでくの坊に負けてしまうか」


 伸ばした指先を紗枝の額に当てる。

 ヴィーダは他に何もしていないが、紗枝の体には変化が起こった。

 爛れた皮膚は元に戻り、胸に空いた穴は塞がっていく。

 赤らんでいた肌は、元の真っ白な肌に戻り、完治した瞼は数回瞬きを繰り返し、目玉が動いた。


「おはよう。スサノオよ」

「……あれ。わたし、たぶん、死んだと思うんだけど」

「無理やり生かしたわ」


 指で頬を弾き、ヴィーダは鼻で嗤う。


「なるほど。やはり、スサノオというのは、改心する性質を持っとるのだな。しかし、それで弱体化しては困る。のう、スサノオよ」

「……あの、人違いだと思うんですけど」

「今まで私を斬った者は、お前以外にいない。私は、お前の世界を旅していたがな。所詮は人。見た目は屈強でも、どこぞの馬の骨とも分からん人風情に劣らん。大陸の人間でさえ、首を刎ねてやったぞ。ん?」


 ヴィーダは戦いの女神だ。

 好戦的な所があり、交戦すれば迷わず首を刎ねる。

 こういう所は、まるで紗枝と同じ何かがあるが、ヴィーダは自分を斬った相手と似ているなどと思いたくないだろう。


 どれだけ力があろうが、技を磨こうが、心が強かろうが、所詮は人だ。

 足元にも及ばず、たくさんの勇ましい男達が彼女に葬られてきた。


「……どこで会ったっけ?」

「ほれ。お前が奉行所に半裸で現れて、悪戯に奉行連中の刀を折っただろう」

「あー……」


 記憶にあるのは、『わたしの彼を返して!』と、ぷりぷり怒りながら刀を折った記憶。


「悪いのがいるな、って。お前を後ろから殺そうと思ったが……」


 ――抜刀の速度は、だった。

 ――見抜けなかった。


 振り返った時には、すでにヴィーダの体は真っ二つ。

 頭蓋は割られて、刀身は股下にまで達していた。


 その時のヴィーダの格好は、『浪人風』の出で立ちをしていた。


「紗枝」

「気安く呼ばないで」

「スサノオや。お前に、ちょっとばかし意地悪をしてやる」

「……やめてください」

「いいや。止めんぞ。お前に私の力をくれてやる。見ての通り、この世界の人間は怪物揃いだ。温厚な性格をした、我が信徒では太刀打ちできん」


 嫌そうな眼差しを向け、紗枝は起き上がろうとした。

 だが、鉛のように体が重くて、身動き一つ取れなかった。


「こっちに呼んだのは、私だ。お前が私を斬ったからだ」

「逆恨みやめてください」


 少しだけムッとしたヴィーダが、紗枝の頭を小突いた。


「い、った」


 続いて、額に手を当てると、ヴィーダの目が淡い金色の光を放つ。

 同様の光が紗枝の体を包み、光はやがて青白い輝きとなった。


「雷神ヴィーダの名の下に、貴様を眷属とする」

「……やめてって」


 辛口を利く紗枝にいい加減怒りが増してきたヴィーダは、指を額に減り込ませ、強制的に眷属の義を執り行った。


「我が信徒を救い給え」


 空に漂う暗雲が稲光を発し、空に轟く雷鳴は大地を震わせた。

 義が終わって間もなく、仰向けになった紗枝の体には、青白くて巨大な稲妻が直撃した。

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