この言葉が伝わってくれ
護神流は土間で打ち合いをする。
裸足で一度立ち合い、次は草鞋を履く。
足に枷をしてやる事もあった。
そして、鍛錬が終われば、木刀を左側に置き、正座で父から思想哲学を学んだ。
これは、紗枝の過去。
一番忘れられない記憶である。
「――江戸幕府から始まって以来、日ノ本は廃れてきている」
父は哀愁を感じる表情で言った。
「もしかすれば、これからは西洋列強に呑まれるやもしれん。あるいは、清から民族浄化を食らうやもしれん。そうなれば、混沌とした世は、どこまでも狂いに狂って、皆が死ぬ」
「わたしが黒船に乗り込みましょうか?」
「紗枝。そうではない」
父は真っ直ぐに見つめて言った。
実は幕末時代、清の
日ノ本の動向を探るためだが、間者は厄介なことに時として兵士になり得た。
護神流のように裏方を主とする者にとって、脅威でしかなかった。
「なぜ、我らが護神流として、神を護っていると思う?」
「誠の精神を蘇らせるため、ですよね」
「そうだ。言葉や神道、文化、伝統に先人たちが残してくださった。今の世を見よ。皆が己を見失い、言葉は乱れている。日ノ本に生きる人々が、このままでは路頭に迷ってしまう。海の外に出れば、さらなる地獄が待っている」
生きるために必要な学びを教えてきた父であったが、この時はずっと残る言葉を考えていた。
「紗枝。我らとて、いつ己を見失うかも分からん。だからな。これだけは、絶対に忘れるな」
紗枝は生涯この言葉を忘れないだろう。
「答えとは、己の心から生ずるものなり」
父は続け、
「自分で、自分の出した答えを信じよ。自分の出した答えに、他者は初めから関係がない。だから、惑わされるな。自身がやる、と決めたら、とことんやりなさい。どこまでも阿呆でいなさい」
言い終えると、珍しく父が笑った。
「答えは自分で決めるものだ。これを忘れなければ、自分の意思や意見など、自ずと決まる。押し付けることもない。前に向かって歩いていける。混沌とした世界では、流されたら死んでしまう。何が何でも忘れでないぞ」
紗枝が聞いた最後の教えである。
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