黒女の決断

 黒女はリースを背負い、監視塔を上がっていく。

 途中で、兵士の数人に見つかったが、黒女ならば心配は無用だった。

 元々、処刑隊で戦う事に慣れている。

 しかも、紗枝の殺法の一端を覚えている。


 なので、手を本物の刃に変形させ、手刀によって甲冑を突き破った。


 塔から外郭の上に出ると、羽を畳んだ魔族の女が「やっときた」と、落ち着かない様子で近づいてきた。


「リース様。ご無事で何よりです」

「ええ。それよりも、この騒ぎは何事ですか。シュートラントに逆らえば、我々は根絶やしにされてしまいます」


 跪いた魔族は顔を上げ、「お言葉ですが」と食い下がった。


「我々は、すでに根絶やしの最中にありました。シュートラントの輩に、これだけ好き放題されてきたのは、我々が己に負けてしまったからです。あろうことか、殿下を忘れて、我が身の大事さに恐怖に震えていました。おかげで、多くの大事なものを失ってきました。ですが、もう違えません」


 リースの手を持ち、魔族の女は力強く言葉を紡ぐ。


「殿下。我々と共にきてください。皆、同じ気持ちです」

「……私は」

「それに、神託があったのです」

「神託?」

「ヴィーダ神は、彼の者に神命を託し、我々は今一度立ち上がった次第です。さ、時間がありません」


 リースの後ろに回り、「失礼」と胸の下に腕を回した。

 すると、後ろを振り返り、やり取りを見守っていた黒女に声を掛ける。


「君は足に掴まってくれ」


 黒女は燃え盛る王都を見渡す。

 実のところ、第二区画は密集地帯である。

 一度火の手が上がれば、炎は瞬く間に周囲へ広がり、こうしている間にも黒煙で空が淀み、何も見えなくなる。


「どうした? 早くしろ」

「ホゥ」


 黒女は首を横に振った。

 代わりに、早く行けと言わんばかりに、片手を振る。


「おい!」


 黒女は来た道を戻った。

 兵士の躯から剣を拾い、煙に覆われた街の中へ消えていく。

 魔族の女は黒女の動向に戸惑ったが、じっとしている暇はない。

 すぐに羽を広げ、オリイル達の待つ第一区画の正門へ飛んで行った。

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