破壊的な攻防

 剣と魔法は関係がなく、大通りには死に物狂いで襲う者と抵抗する者で溢れ、戦いというよりは、無様で滑稽な揉み合いとなっていた。

 互いに憎しみをぶつけ合い、殴り合う彼らだったが、天に目掛けて火炎が昇ると、誰もが唖然として空を見上げた。


「お、い。おいおい」


 ――ここにいれば死ぬ。


 兵士達の脳裏に過ぎった危機感。

 眼前の魔族など、最早どうでもよく、自分達が助ける事を優先して敵を突き飛ばした。


「逃げるぞ!」

「巻き込まれる!」


 火炎の正体は人間の兵士なら誰でも知っている。

 私怨や恐怖で一時忘れていたが、現在の大陸には王が来ているのだ。


 未だに第二区画の出入り口である正門には、大勢の人垣が雪崩となって詰め寄っている。冷静に大扉の脇にある小口から列で出ればよいのだが、混乱が起これば簡単なことだって忘れてしまうものだった。


「早く行け!」

「くっ、離せ! 馬鹿が!」


 人間は恐怖で逃げ惑う。

 一方で、魔族達は明日を迎える気などサラサラなく、人間が背を見せた所にしがみ付いて、硬い拳を何度も叩きつけたり、落ちた剣で滅多刺しにしたりと、手当たり次第に襲撃を行った。


 *


 大の男が炎に包まれると、火山が噴火したように火柱が上がった。


「あちちちちっ!」


 これには、さすがの紗枝も堪ったものではなかった。


 水ならば息苦しいだけで済む。

 霧ならば、見えないだけで済む。

 風は踏ん張る。


 ところが、火はダメだった。

 元来、火は人が生み出したものでありながら、万物を殺す力である。

 傍にいれば肌が焼け、まともに見ていることすらできず、紗枝は火の中を突っ走り、半壊した家屋に身を投げた。


「さては知ってたな! あの女ぁ!」


 ヴィーダが紗枝に対し、死ぬと言ったのは、この事を予期していたからだ。多勢に斬り込めば、目的の相手は斬れるだろう。


 だが、問題はそこではない。

 紗枝はてっきり万の軍勢と渡り合って、死ぬものだと高を括っていた。

 実際は多勢に斬り込んだ途端、戦い好きの王に目をつけられ、対峙する事になるといった事態を迎えた。


 火炎一つに、万の軍勢など、比べ物にならない。

 斬れぬ者と斬れる者では、多くの人間を相手取った方がマシだった。


 砕けた石の破片が落ちる床を転がり、紗枝は窓から外に出た。

 路地には狭い所で揉み合う兵士達がいたが、構うことなく壁と背中を踏みつけて上り、隣の民家に転がり込む。


 二階の窓から中へ入った紗枝は、花瓶の花を引っこ抜いて、中の水を飲み込んだ。腹を壊すより死ぬ方が先なら、その前に喉を潤したいと思ったからだ。


「っはぁ! 参ったなぁ! あれ、どうやって、斬るのよ!」


 啖呵を切って構えたはいいが、斬る前に犬死しては意味がない。

 入ってきた窓から外の様子を窺おうと振り向いた。


「――どこへ行く?」


 真後ろには、追ってきたブルビスがいた。


「げっ」


 太い指が首筋を鷲掴み、一気に体重を真下へ掛けられた。


「――ッが、あああああっ!」


 床を突き抜け、紗枝の全身が階下に叩きつけられる。

 床に背中が着地する間際、紗枝は空いた手で受け身を取り、勢いと衝撃を軽減させた。が、大男の叩きつけは凄まじく、内臓が震えた。


「余を失望させる気か?」

「ぼ、っげぇ!」


 視界が霞んできた所で、紗枝は太い肘の内側に拳を叩きつけた。


「む――」


 落ちてきたブルビスの顔に、寝返りを打つようにして肘を振り切る。

 咄嗟の判断のおかげで、不意を突くことができた。

 ブルビスはまともに肘を頬に食らい、巨体が真横に傾く。


 床を転がり、すぐに起き上がると、深く呼吸をした。

 間髪入れずに無防備な背中へ刀身を小さく振り上げる。


 しかし、ブルビスは巨体の割に素早かった。


 剣で弾き、狭い家屋の中で煙を発しながら、素早く斬撃を繰り出す。

 この狭い家屋の中で炎上されたら一溜りもない。

 本当は場所を変えたいが、相手に妖術を使わせず、手数で攻め、攻撃で攻撃を防ぐ形となった。


「……やはりな」


 紗枝との立ち合いで、ブルビスはますます愉快な笑みを浮かべる。

 ブルビスは怪力に加えて、素早い剣と身のこなしをしている。

 見た目と裏腹に繰り出される斬撃は、牽制攻撃のように素早くて重い。

 なので、手数を増やせば相手を押せるだろう、と自身でも確信していた。


 ところが、紗枝の方が圧倒的に上だった。

 防御に専念すれば、紗枝は手数を増やして、小さな攻撃を幾度となく繰り返してくる。ブルビスと違って、チクチクと刺すような刺突と手を斬りつける細かい攻撃だ。


 これに対し、痺れを切らしたが最後。

 刀を弾いて斬りかかれば、反動で持ち上げられた刃が風を切って落ちてくる。腰を落とした斬撃は、紗枝の軽いであろう見た目以上に圧力を加えてくる。


 言ってしまえば、細かい攻撃、晒した隙、手数で攻めることなど、全てに紗枝の意思が行き届いており、無駄がない。

 次の瞬間には、『殺す準備』が整っていた。


(くそ。楽しくなってきやがった……ッ!)


 ブルビスは間合いを空け、手の上に炎の塊を浮かべた。

 手首を折り曲げて投げたそれは、宙で分裂を起こし、数本のナイフへと形を変える。


 斬る、というよりは火を扇ぐ様にして、刀身で振り払った。


「場所を移すぞ」


 声はすぐ隣から聞こえた。

 投げた火のナイフを餌に、ブルビスが素早く潜り込んだのだろう。

 紗枝の斬撃を予測していた彼は、横薙ぎにされる刃を躱し、大きな手の平で、再び紗枝の首筋を鷲掴んだ。


「ぐぇぇぇっ!」


 石の壁を突き破り、路地に出たら、今度は木の壁が背中を強打した。

 障害物など無視して、紗枝の体は幾度も硬い壁に叩きつけられていく。

 数軒ほどの民家を真っ直ぐに貫いて突進したブルビスは、もっと広い所で斬り合うために、紗枝の体を乱暴に引きずり回していく。


 紗枝の体は旗のように浮遊し、衝撃が来るたびに体の骨肉を締め、力任せの苦痛に耐えた。


 やがて、二人は西側に位置する通りに出てきた。

 人影はなく、炎の明かりは遠くに見える所まで引き摺れたようだった。


「かはっ。……おえっ、い、ったぁ」


 並の肉体なら、とっくに壊れている。

 紗枝は咳き込んで起き上がると、目を見開いた。


 止まる事を知らないブルビスの攻撃は、尚も続いていたのだ。

 眼前には火炎の渦が迫っており、紗枝は奥歯を噛んで跳びはねた。


「まだ始まったばかりだ! 楽しもう!」

「……っくぅ。暑苦しいわね。っとに、……バカが」


 二人の頭上には、暗雲が立ち込めていた。

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