火炎の王、ブルビス
ブルビスの心は奮えた。
「はっはっは! 見事!」
「殿下。笑い事ではありませんぞ」
将軍が斬り殺されたというのに、ブルビスは痛くも痒くもない。
兵は帝国から渡せば補填が利く。
しかも、ゲルード将軍の行いが内心気に入らなかったブルビスは、自業自得で討たれた者の末路など、毛ほども興味がなかった。
「見よ。いくら油断大敵とはいえ、密集した兵に対し、図体の大きな魔族達が猛威を振るっている。魔力を封じ、体を切り刻まれてもなお向かってくる」
ブルビスは迫りくる魔族の頭を鷲掴み、片腕の力で押さえ込んだ。
頭に生えた角。
牛のような姿をした異形の種族。
大勢の兵士に斬られ、血に濡れているというのに、勢いが止まらなかった。――が、ブルビスの前では無力である。
「ふんっ!」
大きな頭蓋に指がめり込み、魔族の大男は泡を吹いて膝を突いた。
ブルビスの胸元が淡く光ると、たちまち頭を掴まれた男の体は煙が立ち込め、一瞬にして炎に包まれる。
過去に紗枝が看破した通り、人間と魔族では、そもそもの戦闘力が違う。人間は魔法だけでなく、魔族に比べて不便な肉体をしているものの、鍛錬で鍛え抜かれていた。
つまり、『殺す』という術に長けていた。
「考えたものだなぁ。取り残された民衆があちこちにいて。こちらの兵と魔族はゴチャゴチャ。おかげで、王城にある投擲は使えん。密集しているから、増援はかえって足手まとい」
ブルビスは遠くにある、台の上を見つめ、目を細めた。
「……いくら将が油断していたとはいえ、この多勢に仕掛けてくるのは、肝のいることよ」
側近に「全ての兵に第一区画への移動を呼びかけろ」と指示を出し、ブルビスは剣を抜いた。
側近の男は単身で歩き出すブルビスの身を案じたが、言っても無駄だという事は、長年の付き合いで分かり切っている。
ブルビスという男は、戦いが大好きなのだ。
「……まったく」
側近は来た道を戻り、笛を鳴らす。
一方で、ブルビスは迫りくる魔族達を斬り伏せ、味方の兵がぶつかってくれば、遠慮なく拳を振るい、なぎ倒した。
勇み足を止める者はおらず、人波で埋め尽くされる大通りを闊歩し、ブルビスは口角をつり上げた。
対して、紗枝は迫ってくる赤獅子を睨みつけ、「親玉ってことね」と、台を下りる。
前方を過ぎる人流を躱し、縫うようにして歩き出した紗枝は、刀を脇に構えて、歩みから駆け足へと変わった。
突進の勢いで進むブルビスの体は燃え上がり、衝突する者はあえなく灰と化していく。
双方が互いに睨みを利かせて迫る中、間には揉み合う兵士と魔族が現れた。二人の魔族に対し、四人の兵士が盾で押さえ込んでいる。
「こいッッ!」
怒号が人垣を突き抜け、紗枝は前につま先を踏み込んだ。
構えた刀を横にして、兵士と魔族の顔の間に刺し込む。
すると、甲高い金属音が鳴り、刀の軌道がずらされた。
刃の前に顔を置いた魔族は、目元を斬られ、その場に蹲る。
しかし、紗枝とブルビスの攻防は、揉み合う人垣を通して、間髪入れずに行われていく。
「ひ、ひい!」
「無茶苦茶だ!」
顔と顔の隙間。
腹と腹の間。
小さな穴から覗く相手の体に刺突を浴びせ、金属音が鳴る度に、大きな火花が弾けた。
「――戦いはこうでなくてはな」
刺突を躱し、ブルビスは大きく剣を振りかぶった。
ブルビスの剣は全長60cm程度の片手剣。
間合いは微妙に足りず、紗枝の体には届いていなかった。
だが、これは承知の上だ。
ブルビスは牽制で相手の力量を確かめ、戦意を満たしてくれるかどうかを肌で感じ取った。
そして、「相手に不足なし」と判断したブルビスは、片手剣に自身の魔法を注ぎ込む。
「避けてみろ」
片手剣は真っ赤に染まった。
熱で赤らんだ剣身からは火柱が噴き出し、間合いは3mを超える長さとなる。当然、周囲にいた者達は巻き添えを食い、腰の捻じり共に繰り出された斬撃は、人垣を丸焼きにし、馬を炎が呑み込んだ。
あっという間に火の海と化した大通り。
火の中からは、ゆっくりと立ち上がった修羅が、鋭い目つきで眼前の男を捉える。
「……呆れた。何でもありね」
修羅は炎の中で刀を構え、火炎の王に牙を剥いた。
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