百合の花

 オリイルは男を知らない。

 産まれた時から女の家族に囲まれ、騎士の家系に恥じぬ働きをするため、幼少期から勉学に励んでいた。


 傍にいた男は、父のオリゴだけ。

 7歳になると、騎士養成学校に入り、また女に囲まれて過ごした。


 こういった経緯の育ち方をしたオリイルは、育ちの過程がそうさせたのかは分からないが、女の方に興味があった。


 だが、同性では子孫が残せない。

 いずれは殿方と一緒になり、跡継ぎを生まなかければならない。

 自分の心を偽り、ずっと我慢に我慢を重ねて、訓練に明け暮れていた。


 *


「ん……」


 熱が少しだけ引いて、目が覚めてきた。

 気が付けば、オリイルは冷たい床に尻を突いて、パンを食べさせられていた。


「むぐっ。これ、まっずいわねぇ」

「ホゥ」


 黒パンだ。

 砂糖が入っていないので、とても硬かった。


「汁物に付けたらどうなるんだろう。黒女。飲み物ある?」

「ホゥ!」


 全身が黒い女はパタパタと駆けまわり、物色を始めた。


「ほら。食べなって。あなた、熱があるから。食べて、水飲んで寝れば、ちゃんと治るから。気をしっかり持ちなさい」


 眠そうな目の女。――紗枝が食いかけのパンを口に押し付け、周りを見ていた。


(だれ……?)


 頬に当たる硬い乳房。

 顔を擦り付けると、硬い筋肉の溝がゴリゴリと頭を擦り、懐かしい感覚が蘇った。


 父に甘えている時の事が頭に浮かぶ。

 鼻孔に届く汗のにおいは濃かったが、嫌ではなかった。

 むしろ、オリイルは身を任せるようにして、自分から腕を回す。


「……ちょっと」


 紗枝が戸惑う。


(唾液――……治る……――)


 悪趣味な魔法を施した薬は、ゲルードが自身の性奴隷を作るために飲ませた物。


 これが、原因でオリイルは理性が極限まで削られていた。

 朦朧としていた意識は、パンに付いた紗枝の唾液を摂取した途端に、若干だが戻ってくれる。


 オリイルの掛かった呪いは、催眠や暗示の類だと思えばいい。

 で、解除が施される魔法だ。

 つまり、「唾液を飲め」などと言われたが、ため、紗枝の唾液で楽になる事ができたのだろう。


 そして、オリイルは自分の意思とは関係なく、強制的に発情している状態。

 胸は高鳴り、元々女の子に興味がある性的趣向をしたオリイルは、女とは思えない逞しさの持ち主である、紗枝が輝いて見えた。


「ん……ぁ……」

「え?」


 オリイルにとって、紗枝は王子様だった。

 紗枝にとって、最悪の瞬間が訪れた。


「んむ……はむ……」


 大人の色気があり、妖艶な姿と美貌を持つオリイル。

 彼女は、恋する乙女の表情で柔らかい唇を貪るのに、夢中になった。


「――」


 紗枝は――死んだ。

 顔面蒼白。

 目は少しずつ上を向き、手足が痙攣。

 頭の中にはベルブがいるのに、違う女に初めての接吻をされた衝撃で、心はズタズタになっていた。


「む……っ……ぷぁ……っ。す、……すまない」


 恥じらいを堪えるオリイルは、自分の唇に指を当て、白い頬が真っ赤に染まった。目は潤み、指先は震えて、服越しに伝わる硬い乳房の感触に意識がボーっとする。


「……………………」

「ホゥ?」


 紗枝は――意識が決壊した。

 好きでもない女に唇を吸われ、舌を吸われ、唾液を飲まれる。

 まるで、闇討ちを受けた気分だった。


 そして、紗枝の意識は途絶えることになる。

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