女騎士オリイル

紗枝の槍術

 カイブ王国の王都(現在、占領下)は、二重の輪の形に外郭がいかくが建てられている。


 輪の中心部は王族、国民の住居地となっており、商業区画や教会の区画も一緒になっている。――これが第二区画。現在では、魔族はほとんどいなくて、人間が住む場所となっている。


 外側の輪には、王都が直営する広大な農地がある。

 農地の反対側には、巨大監獄。

 ここが第一区画。


 ヘリス巨大監獄には、大勢の魔族が収容されている。


 娯楽として闘技をさせて、人間の庶民が金を払い、賭け事を行ったりする。また、闘技場は処刑場にもなり、衆人の前で魔族を処刑する。

 他には、公開凌辱など、まともな人間は気が狂うような催しが行われていた。


 けれども、魔族に対して、憎しみの感情に囚われている人間達がほとんどで、例え年端のいかない子供が犠牲になっても、笑っているような人たちばかりであった。


 地下三階の巨大監獄では、悲鳴や怒鳴り声が絶え間なく聞こえ、魔族達にとっては、この世の地獄。


 いつまでも、地獄が続く。

 もう助けはない。

 人間は魔族を全て滅ぼし、嗤って生きるのだろう。

 魔族はそう思っていたし、人間の多くはそう考えていた。


 ――ここで、番狂わせが起きていた。


「も、戻れって!」

「はあ? なんです?」


 褌とサラシを着用し、小袖と袴に着替えた紗枝。

 後ろには黒女がオリイルを背負う格好で立っている。

 薄暗い通路の中を普通に歩いていたら、当然兵士の男に発見された。


 地下三階からの脱出なので、かなり困難に思えるが、紗枝には関係なかった。


 槍のを向けてくる看守兵に対し、首の骨を鳴らして、気だるげに返事をしていた。


「いやぁ、何だろう。奉行の連中を始末した時のことを思い出すなぁ」


 妥協で選んだ男が処刑されそうになっていた過去の事。――今では「愛していなかった」と強がっているが、実は紗枝が口車に乗って、キャピキャピしていただけだった。


 相手は詐欺の男。

 人を騙して金を取り、女は遊ぶだけ遊んだら捨てるという、どうしようもない男だった。


「どうして、人って立場を得ると勘違いするのかしら。肩書を得るとね。目の前に誰が立ってるのか、分からなくなっちゃうのよ」

「何の、……話をしてるんだ?」


 今では昔の事だが、都の奉行を120人斬ったことがあった。

 一人、二人ならば、容易く殺せる。

 ところが、10を超えてから、笛が鳴らされた。

 次から次へと奉行や助太刀で入ってきた浪人など、様々な男たちが紗枝に掛かっていった。


 その結果、全員を一人残らず殺し、最後には助けようと思っていた男に口汚く罵倒され、腹を掻っ捌いた事がある。


「目の前にいるのは、……ただの弱い女。押せば倒れて、声も上げれずに蹂躙じゅうりんされるだけの、悲しい女なのよ」


 ――大嘘である。


「いいから戻れ!」


 と、叫んでいる所に、ぞろぞろと兵隊がやってきた。


「ホゥ」


 黒女が何か言いたげだった。


「そうね。ここ狭いし。槍を借りましょう」

「なんだと?」


 次の瞬間、男は宙を飛んだ。

 随分と下に紗枝の頭が見えて、ゆっくりと視界が移動すると、自分の体が目に飛び込んできた。


 首から上はなく、体だけが棒立ち。

 いつの間に、槍の矛先をずらされたのか。

 男は槍の穂を横に向けていた。


「これ、借りるわね」


 血振りをしてから納刀し、紗枝が男の持っていた槍を頂戴する。

 指で感触を確かめると、木で作られた柄である事が分かる。

 竹とは違って、しならない。


「き、貴様ァ!」


 紗枝は肩から力を抜き、「こうかな」と体の向きを斜めにする。

 人数が多いので、手間を一つ増やすことにした。


 脱力から腹を軽く突くと、面白いように相手がよろめいた。

 兵士にとっては不思議で、甲冑を通して振動の波が内臓を揺さぶってきた。

 鍛えられた肉体など意味がなく、簡単によろめいてしまう。

 この隙を逃さず、続けざまに紗枝は顔を刺した。


「ひっさびさに握るわ。でも、この槍だと、刺す方がいいのね。ふふ。それじゃあ、こういうのはどうかしら」


 石突いしづき(穂の反対側)を握り、間合いを引き伸ばす。

 加えて、袴で隠れた膝を折り曲げる事で、間合いは約2mから2m40cmにまで伸びる。


 かなり離れた場所から仲間の首を刺され、看守兵達は悲鳴を上げた。

 からくりを知っていれば何てことないが、知る由もない兵士達からすれば、あり得ない距離の刺突だった。


「お、応援を呼べ! はぐぅっ!」


 久しぶりの槍で戦う事ができて、紗枝はさぞ愉快であった。

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