調和

 確執のある魔族と人間。

 この両者が同じ町に住む方法など、誰も思いつかなかった。


 再び、町の宿屋に集まったポピー達。

 向かい合うベルブ達は、幾分か緊張が解れていたが、まだ壁がある雰囲気だった。


 互いのことを考えれば、憎しみが込み上げる。

 憎しみから、争いや陰湿な嫌がらせへと発展する。

 どう考えたって、無理だ。

 それに処刑隊を返り討ちにした現在、必要ないのではないかという声まで上がった。


 しかし、紗枝は提案する。


「人質交換すればいいじゃない」

「人質?」

「絶対にやってはいけない、という決まり事を定めた上で、魔族と人間の一部を交換するのよ。決まりごとがあるから、互いを殺せないし、前のように乱暴を働くこともできない」


 紗枝の提案には、レナとウェイの両者が黙って耳を傾けた。

 否定の言葉は引っ込み、「なるほど」と、納得の様子が見えている。


「それから、畑を拡大して、人間と共同でやればいいじゃない。この両方を人間と魔族の兵が見守れば、変な事は起きないでしょ」


 紗枝は畑仕事や町の復興を手伝ったりはしなかった。

 その代わり、色々な魔族へ積極的に声を掛け、ベルブのために男が好きそうな物や異世界においての過ごし方など、様々な話を聞いていたのである。


「人間の一部で、ぶん殴りたくなるアホはいたけど。ていうか、もう殴ったけど。真面目な人や追い出された事を受け入れてる婦人とか、色々いたわ。冷静に見ると、人間と変わらない。だったら、共に生きる事は出来るでしょう」


 砦にて、我が物顔で少ない食料を口に入れ、紗枝に食って掛かってきた阿呆が数人いた。ところが、頬の骨を砕いて黙らせると、皆は一様に大人しくなり、紗枝の話に耳を傾けてくれたのだ。


 誰も逆らえなかった。

 女の癖に、と見下す声まで、一瞬で引っ込んだのである。


 実戦経験が豊富な女の凄みは、牙を持たない人間を震わせるほどだった。


「人質に関しては、真面目な人間や魔族に対して悪感情の少ない者が望ましいわ。そして、向こうに送る魔族は、腕の立つ者がいい。でないと、怯えて心労が溜まる」


 全員の顔を一人一人見ていき、紗枝は「どう?」と尋ねた。


 完璧に平等な取り決めはできない。

 平等というものを実現した者を見た事すらない。

 なぜなら、全員が十人十色で性格や体格など多岐にわたって違うからだ。


 ここで間を持ち、調和を取る事はできる。


 こういった紗枝の考えは、全て護神流の教えの元が多かった。

 神道に『八百万の神』というものがある。

 これに対しても、解釈は十人十色。

 けれど、意味を考えれば、結局のところ「色々いる」という所に落ち着く。


 父から教わった調和の取り決めは、喧嘩仲裁の時に使われる。


 なぜ、法で律するのか。

 この意味を知らない者は、必ず過ちを犯す。

 そして、子にさえ教える事ができなくなる。


 、色々な人間が調和を持って住むからこそ、法という取り決めが必要なのである。

 これは一方的に決めるものではない。

 ましてや、感情で決めるなど、愚の骨頂。


 皆が『共に生きるため』を基盤として、取り決めを作るべし。

 これならば、全員が生きるために必要なことしか決まらないので、二分することはない。つまり、賛否の声すら上がらない。


 柔らかい口調で皆に説明をすると、話を聞いていた者達は何も言えなかった。口を閉ざしたままだったが、瞳には前向きな光が宿っていた。


「ボクは、紗枝さんの案に賛成です」


 紗枝の頬が一気に緩んだ。


「国を持たないボク達では、いずれ討伐隊を組まれるかもしれない。そうなったら、また戦いだ。だったら、表向きはポピーさんに管理を任せましょう」

「……ベー殿ぉ。かっくいぃよぉ」


 ポピーの目を真っ直ぐに見つめ、ベルブは言葉を紡いだ。

 ポピーも真剣な顔で頷く。


「ボキ、がんばるっ」


 ベルブが頷いた事で、ウェイ達は静かに目を閉じた。

 殿下の立場を失ったとはいえ、ウェイ達にとってはベルブが現在の主君と同じだ。


「分かりました。では、向こうに騎士を数人送りましょう」


 レナも頷き、「ワタシは砦で監視かな」と微笑んだ。

 紗枝は緩んだ顔で、ベルブに夢中。

 何てことない事が決まったかのようで、実は魔族と人間が初めて和解をした瞬間であった。

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