レナと主君

 エルバルド砦は、地形が高く盛り上がった場所に建てられている。

 砦は小さいものの、防衛設備はそれなりに揃い、周辺は平野なので、塔からは遠くまで見通せた。


 緑の丘にある砦、と言った所か。

 門を潜り、居館きょかんにきたレナは執務室に通された。


 赤く塗られた木の扉を叩き、中に入る。

 中には長椅子が二つ向かい合うように置かれ、奥に執務用の机がある。

 椅子には、隊長の言っていた男が座っていた。


「おお。遠路遥々、ようこそ」


 握手を求められ、レナは答える。


「オレはこの近くの野営地にいる、ポンプだ。分隊長をしている」

「これは、これは。どうも。皇都がきました。レナです」

「おい。挨拶しろ」


 机でジッと固まっていた男が、とてとて歩き、ポンプの傍に寄ってくる。緊張しているのか、目を見開き、ポンプの足に隠れていた。


「弟のポピーです。……挨拶しないか」

「ぽ、ポピーでしゅ」


 目の前にいるのは、随分と小さくて、丸い男だった。

 坊主頭で横に長く、まるで子豚のような外見。

 オドオドしていて、失礼ながら、これが砦を預かる主君とは思えなかった。


 レナが言いたい事を察したのだろう。

 何も言わずとも、ポンプが説明した。


「ウチは、その、騎士の家系でな」


 時代が変わり、社会的な変化はある。

 とはいえ、全部が一気に変わるわけではない。

 家柄で人の上に立たされた者の1人が、目の前にいた。


「役職に就かねば、弟が勘当される。だから、前線に出なくていいように、主君として砦に置いている」

「将軍はご存じで?」

「ああ。オレが説得した」


 実力のあるポンプが口添えしたことで、ポピーはこの場にいられた。


「視察だよな。まあ、見ての通り、周辺には何もない。森がいくつかあって、珍しい動植物があるだけだ。よければ、ここに滞在している間、仲良くしてくれないか?」


 外見だけ見ても、美男子とはいかない。

 むしろ、醜い顔立ちの男である。

 パッとせず、いつ裏切られて死んでもおかしくない。

 資質を感じられない。


 言いたいことは山ほどあるが、怯えるポピーを見下ろしていると、レナは胸が締め付けられる思いだった。


「私で、……よければ」

「よかったな。ほら。後ろから出てこい」


 屈んで目線を合わせると、レナは怖い顔をしないよう気を付け、不器用な笑みを浮かべた。


「レナです。よろしく」

「……よ……よろひく」


 差し出した手を膨らんだ指が握った。

 ポンプが亡くなったのは、これから1か月後。


 隊長から言われた通り、レナは南部の地域に留まる事となった。

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