女騎士の新米教育

「おい。もういっちょ、来いよ! 馬鹿野郎!」

「うす!」


 女騎士にとって、兵舎前の庭は鍛錬の場所であった。

 まず、腕力や体格で、男には敵わない。――という大前提を教育の過程で、徹底して叩きこまれる。


 故に、男を指標として、三倍は努力することが義務付けられる。

 加えて、男以上に血の気が多く、荒くれ以上に荒いのが、女騎士。


 執務や図書整理。皇后の傍に控える従者。皇后の住まう宮殿内で働く者。城の内部にいる守衛。――皆の想像する凛々しく、美しい振る舞いの女騎士がいる場所は、この辺りとなる。


 なので、凛々しく美しいのは間違いなかった。

 ところが、前線に出張って、戦いとなったら、いの一番で相手を斬り殺し、暴動に対してよく通る声で怒鳴る者達は、いた。


「この野郎。弛んでんじゃねえぞ、おい!」

「はいっ! すいません!」


 と、謝ると、握りこぶしで頬をぶん殴られる。


 昔は、家柄だけで全てを決めていた時期があった。


 時代が変わり、今では実力主義の面が表れてきている。

 その様相を体現するかのように、今日も汗と血と涙を流し、泥に塗れながら、パンツ一丁の格好で乙女達が取っ組み合いをしていた。


 今は、相手に体当たりをする訓練だった。

 何も持てなくなった時に、自分の体を使って相手を食い止める事が目的。


 だが、足腰が弱い者は、女の子走りから抱き着いてしまい、指南役の怒りを買う事になる。


「テンメェ、コラァ!」

「ひっ!」


 もう一発殴ろうとした矢先、その腕が止められた。

 指南役の女が振り返ると、怒りの形相が消えて、「お?」と普段の表情に戻る。


「それくらいで。この子、昨日遅くまで練習してたんですよ」

「んだと?」

「だから、体中の肉に負荷が残ってるんですよ。今日は一日、休ませてあげてください」


 グズグズと泣く新米を庇うのは、巨女であった。

 身長は2mと少し。

 肩幅は広く、体中の色々な所が大きいが、遠くから見ればバランスの取れた肉体。


「……レナが言うなら、まあ、仕方ないか。お前、休んでおけよ。馬鹿が」


 最後に軽く頭を叩き、新米が何度も頭を下げて謝る。


「おいで。手当てするよ」

「ふぁい」


 人間には人間の苦労と地獄があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る