女武者の鍛錬

 紗枝は復興こそ手伝わないが、日が暮れると町の片隅で必ず鍛錬だけはしていた。

 安定した食料が手に入ったことで、骨肉がたるまないように、骨を鍛えなければいけない。


 腕立ては一回につき、10を数えながら、ゆっくりと上下に動かす。

 手の平をやった後は、拳を地面に突き、100は必ずやる。

 拳の次は、指。


 素振りは刀を使わず、紐でまとめたガラクタを使う。

 中には鉄細工も混じっているので、結構な重さだ。


「522……523……」


 回数は特に決めず、限界まで行う。

 休憩をして、ふと思う。


「鉄の塊が欲しいな。石でもいいんだけど」


 陰で見守っていたウェイが、「石を何に使うつもりよ」と呆れた様子で声を掛けてくる。


「いたんですか」

「気づいていたくせに」


 ベルブでなければ、背中を見られて困る事はない。

 とはいえ、背中に対して物を言おうものなら、遠慮なく叩こうと心に誓っている。


「いつも、こんなことを?」

「日によって違いますよ。あ、そうだ。えーと」


 ウェイを指し、言葉に詰まる。


「ウェイよ。名前くらい覚えなさい」

「すいません。ウェイ殿。頼みがあるのですが」

「なに?」

「腹を殴ってくれませんか?」


 急な申し出にウェイは固まった。


「……ん?」

「いや、だから、腹を良いと言うまで殴ってほしいんです。前は兄者に叩いてもらっていたのですが、他に頼める者がいませんので。腹が終わってからは、下腹部の方を。それから、背中と尻もお願いします」

「ん?」


 ウェイには理解できない鍛錬だった。

 部位鍛錬。――叩いた箇所を固め、壊れないように耐久性を上げる鍛錬だ。痛みにも強くなるし、剣だけに頼らず、己自身の肉体を底上げすることに繋がる。


 だが、そういった鍛錬の習慣がない者にとって、こんな解釈が出てくる。


「あ、アンタ、……マゾなの?」

「はい?」

「勘弁してよ。そういう趣味はないわ」


 肩を竦めるが、鍛錬をやっておきたい紗枝は手首を掴み、引き留める。


「あなたなら重いでしょう。思いっきり殴ってください」


 両腕を広げ、紗枝は来いと言う。

 ウェイは下唇を噛み、周辺を見渡す。

 誰かに見られたら、誤解されかねない。


「というかね。アンタ、服着なさいよ」

「汗を掻くので。いつもサラシとふんどしですよ。はい。無駄口はいいので、……お願いします」


 言う事を聞いてくれないので、ウェイは仕方なく拳を握り、「やめてほしかったら、すぐに言ってね」と、皮の突っ張った腹筋に目掛け、肘を持ち上げる。


 下から抉るように拳を叩きつける。

 その時、自身の拳骨に違和感があった。


「いッッッたぁ!」


 紗枝の体は、アバラが見えるくらいに痩せている。

 だというのに、腹の硬さが歪だった。

 弾力はあって、拳は減り込む。

 そのすぐ後に、減り込んだ拳骨が跳ね返ってきて、殴った方の手首が痛んでしまうのであった。


「あー、じゃ、木の棒でいいですよ」


 人間の腕より太い木材を持ち、ウェイに渡す。


「これ、何のために……」

「痛みを知っていれば、痛みに怯えることはありませんから。耐久は上がりますし、動ける体が作れます。丹田を鍛えたいので、これが終わったら下腹部をお願いしますね」


 薄暗い中でも分かる。

 紗枝の肉体は、所々が歪だった。

 背中に加えて、下腹部。


 二本の縄が並んでいるような、ぶっとい肉の筋がへその下から局部に掛けて、ぽっこりと膨らんでいた。

 その形をウェイは見たことがなくて、人体にそういう筋があることすら、紗枝の肉体を見て初めて知ったほど。


 少しだけ背を折ると、どんどん膨らんでくるので、ウェイはあまりの気色悪さに言葉が出てしまう。


「……きっしょ……」


 紗枝の表情が死んだ。

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