修羅猫

 隠れ家は万が一の時のために、そのまま残しておく。

 度々訪れては掃除をする程度にして、町を奪還した騎士達は汗を流し、瓦礫の撤去を行っていた。


 木材は燃やせるので、細かく割って、各家に配る。

 畑は人間たちに奪われていたのがある。

 小屋は燃えたが、家畜はいる。


 後は邪魔なものは端に積み上げて、使えるものは拾っておくようにした。


 *


 元々、宿屋があった家屋。

 ギルドもこの中にあったので、中はとても広い。

 部屋数も多く、一室に、数人が寝泊まりすることになった。

 同室のパテーは、つい心の声を口にしてしまう。


「本当におっかない兵士を斬り殺しちゃって。町まで取り戻せて。夢みたいなのに。すっごいなぁ、って紗枝ちゃんのこと尊敬してるのに」


 紗枝は、相変わらず眠たげに瞼を半分閉じた様子で、ベッドの上にいた。

 膝の上には、半そでと短パンに着替えたベルブがいる。

 紗枝は腹に腕を回し、小さな頭に頬を擦り付け、うつつを抜かしていた。


「ねえ。紗枝さん。ボクらも手伝おうよ」

「……あとで」

「うぅ。でも、昨日だって何もしていなのに」

「……あとで」


 戦いが終わった後、ベルブが紗枝にお礼を言った。

 その時に、こんな言葉が出てきた。


『お礼に何かしてあげたいんですけど。……紗枝さんは、何かしてほしい事ってありますか? ボクで良かったら、やりますっ』


 魔の一言が、紗枝を怠け者にした。


「へぁ……ぁぁ……ぁ……ぁぁぁ……っ」


 乳のような甘ったるい匂いを嗅ぎ、紗枝が子羊みたいにプルプルと震える。頬を擦り付けても逃げないし、抱きしめても嫌がらない。


 不遇な生涯(主に男関係で)を過ごしてきた紗枝にとって、人生初めての乳繰りである。


「紗枝ちゃん。せめて、料理は手伝ってほしいな」

「……あとで」

「んもぉっ! ちゃんとしてよ! こんなんじゃ、いつまで経っても復興が遅れちゃうよ。殿下の魔法さえ使えば、あっという間に片付くことだってあるんだから」


 すると、紗枝がベルブを抱えたまま、その場で丸くなる。


「やだ」

「あの時の紗枝ちゃんは、どこ行ったの!?」

「彼ピッピと一緒にいる」

「あのね。殿下は彼氏じゃないんだよ。ね、殿下?」

「……う……」


 頷こうとしたが、腹に当たっている手の平が硬く握り締められ、ベルブは言葉に詰まる。例えようのない殺気を背後に感じるので、言葉を選んでしまった。


「まあ、将来的には……うん……」

「あれ!? 殿下!?」


 誤魔化した。――が、紗枝は鵜呑みにする。


「ふふ。結婚ですね」

「え!? 恋人の段階は!?」


 修羅は、猫となって怠惰に過ごしていた。

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