護神流殺法

 先述、仔細しさいを申し上げた通り、護神流は武術ではない。


 武術。格闘術。暗殺術。

 これ等は日ノ本に限らず、相手取ることが前提である。


 護神流は、人を数多の外敵を想定とした剣術。

 黒鉄兵法は、相手によって仕留め方を変える指南しなん

 兵法とは、要するに戦い方のこと。


 剣の型には、武術と共通する点が多くある。

 小手先の技術だって、そうだ。


 なのに、武術ではない、決定的な違いがある。

 その所以は、紗枝の構えにあった。


 本来踏み込むはずの足は、つま先を立てて後ろへ置く。

 首は垂れているが、体軸は真っ直ぐ。

 左足は体重を掛け過ぎないよう、こちらもつま先を浮かせる。


 相手に肩を見せた状態。


 こんな構えは、武術家からすれば、嗤いものである。

 今から『斬る』という動作に入っている以上、相手の虚を突くことはできない。


 居合をするにしたって、相手を向いていない。


「取ったぞ!」


 確信の声が少し離れた間合いから、聞こえる。


 次の瞬間――辺り一帯に雷鳴が轟いた。


 ポンプの大剣は勢いをつけて振り下ろされ、確実に大地を割った。

 しかし、そこに紗枝はいない。

 紗枝は、すぐ隣で


「――ッッ――」


 ポンプは理解できず、頭が真っ白になった。

 斬ったはずが、どうして隣に立っていられる。

 先ほどと向きが違う。


 ――いつの間に?


 ふわり、と剣風でなびいた髪が、冑を撫でた。

 ポンプは声を発せず、視界には地面が近づいてきた。


 全てが一時的に静止した。

 いや、止まったのは、己か。


 ふと、腹に違和感があった。


 ポンプの甲冑は、腹部のプレートが大きく裂傷していた。

 割れていたのである。


 違和感に気づいてから、痛みが遅れて、じわじわと込み上げてくる。

 倒れていくポンプを背に、紗枝は言った。


「……一頭、仕留めたり」


 ――護神流黒鉄殺法、


 肩を見せていたのは、相手に食わせる隙を与えるため。

 獅子は目を逸らせば、迫ってくる。

 飛び掛かる瞬間を狙い、獅子から見て、真横に回避すると同時に斬りつける術だ。


 つまり、であった。


 紗枝は抜刀と同時に、真後ろへ向きを反転させた。

 刀は半円を描くように横薙ぎされ、刀身に向かってポンプが突っ込んできたのである。

 大剣が落ちてくるよりも早く、腹の鉄板を割ったのだ。


 刀の先がプレートを割って食い込んだ後、奥にある鎖帷子へ続けざまに食い込んだ。紗枝が手を引き、刃が滑る中、なおもポンプの体は前進し続けた。

 ポンプは自分から腹を斬られに来ただけだった。


 腹を護る防具が敗れた後は、摩擦で熱した刀身が服と皮を裂き、肉を破り、内臓を掻っ切った。


 わき腹を深く抉られたポンプは、腹部への衝撃を認識できていなかった。


 ――獣を殺す剣があること。

 ――後ろ向きの足さばきがあること。


 こういった点から、護神流は本来の武術と一線を画していた。


「ぐ、あ、……ぐぐぐっ……!」


 派手に地面を転がり、ポンプは苦しみに呻いた。

 手の防具が邪魔で、傷口を押さえる事ができない。

 防具を外そうと自身の手首を掴むが、段々と体の芯が冷えてきて、胃から込み上げるものがあった。


「ごほっ、……う……おぉ……ぇ」


 口と鼻から大量の血を噴き出し、堪らずに目を閉じた。


(有り得ん。……剣を避けられる……頃合いではなかったはずだ。……なのに……っ!)


 顔が吐き出した血に汚れていく。

 無限に続くのではないか、と錯覚する苦しみ。

 奥歯を噛んでいると、やがて顔には日光が当たった。


「敵ながら、天晴よ。……ていうか、手とか背中、すごく痛いし」


 冑を取り、頭の下に腕を差し込み、無理に起こさせる。


「げほっ」


 剣を交えた時は威圧が凄まじかった。

 だが、散り際というのは、いつだって儚い。

 父の言葉を思い出したこともあり、紗枝は少しだけ相手を思う心が芽生えてきた。


「介錯くらい、してあげるわよ」


 うな垂れた首筋。

 帷子に包まれた太い首筋へ一度刃を当て、狙いを定める。


 ポンプは痛みで濁る意識の中、相手の意を汲んだ。

 最後の力を振り絞り、目を開き、血反吐を散らして叫ぶ。


「……こほっ。……はぁぁ……っ……彼ピッピ! お見事……ッ!」


 風を切る音と共に、刀が振り下ろされた。

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