実戦的な肉体

 逃げる途中で、ベルブは立ち止まってしまった。


「……わ……あ……」


 大通りのど真ん中だというのに、一瞬だけ我を忘れてしまった。

 身長が190cmはあるだろう、大男の兵士達。

 全身に甲冑を着込んだ重装歩兵だ。

 ちょっとやそっとでは倒れない。


 その列を背丈が170に達するかどうかの女が、たった一人で斬り殺してしまったのだ。


 背が高いという事は、重量だってある。

 となると、剣に加わる圧力は相当なもの。

 単純な腕力だけでも恐ろしいのに、紗枝には全く関係なかった。


「……喉渇いたな」


 鼻を啜り、気だるげに頭を掻いていた。


 ベルブから見て、紗枝は家屋と家屋の間から出てきた。

 先ほどまで、気合を入れて斬りかかっていた兵士は、頭をかち割られ、地に伏している。


 その死体の上を歩いてきたのだ。


 紗枝が殺した兵士は、計10人。

 視界の悪い中で、刃の部分に指を触れ、刀の状態を確認する。


 パテーの言う通り、刃こぼれ一つない。

 自分の目で確認し、確信を得ることができた。


 ――もっと無茶できる。


 肩を回し、食事処があった場所に向かって歩いていく。

 煙の中で立っているベルブには、気づいていなかった。


(……何か……綺麗だな)


 赤い血に濡れ、紗枝は半裸の状態。

 背中を向けた際、異様な形の背が目に飛び込んできて、ベルブは喉を鳴らしてしまう。


 女の背中じゃない。

 いや、男女なんか関係ない。


(……普通は……ならないよね)


 常人からすれば、気持ちの悪い骨肉の形だった。

 普通に鍛えれば、周囲に対し、魅せる筋肉が出来上がる。

 筋力はつくし、鍛えること自体は全く悪くない。


 しかし、は歪な形をしてしまうのだ。


 肩を回しただけで、肩甲骨は羽のように後ろへ突き出てきた。

 背中に張り付いた肉は、別の生き物のようにうねり出し、いくつもの筋が浮かび上がる。


 やせ細っている体型なのに、骨は太い。


(でも、……綺麗だな。紗枝さん)


 他の女とは違う肉体に、ベルブは惚れ惚れとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る