袋小路

 武器が壊れないように、というパテーの気遣いは、実のところ戦闘を有利に進める上で功を奏していた。


 刀という武器は、斬撃と耐久力に特化した、とてつもない得物だ。

 しかも、恐ろしいのは江戸時代に流通している得物より、それ以前の得物の方が遥かに切れ味や耐久に特化している点。


 紗枝の所持している刀は、なまくらではない。

 室町時代に打たれた、最上大業物さいじょうおおわざものの一振りである。


 試し切りでは、岩を砕き、兜は真っ二つ。

 目の当たりにした者しか信じる事ができない刀で、易々と人前に晒すものではない。


 護神流の家系では、こういった刀鍛冶を護り、刀狩りからも救っていた。


 家に代々受け継がれてきた三本の刀。

 その内の一つを所持させ、破門させたのは、父の厳しさと愛情が、その一振りに表れていた。


 加えて、異世界の魔法にて折れないよう、耐久性が底上げされている。


 この事から、紗枝は遠慮なく鉄の鎧に刀身を食い込ませた。


「……嘘だろ」


 路地に追い詰めたはずの兵士二人。

 後方には列を成しているが、前の二人が邪魔で進む事ができなかった。


 一見すれば、紗枝の方が袋小路だ。

 後ろは家屋の壁で逃げ場を塞がれ、幅は大股一つで、壁に肩が当たる。

 この状況は紗枝にとって不利であるが、同時に大剣を所持する兵士達にとっても、無闇に手出しができない状態。


 強制的に人数制限を課せられていた。


「おい。しゃがむな! 前に出ろ!」


 縦振りの制限を食らっても、紗枝の一振りは変わらない。

 下方からの切り上げで、局部を斬られた兵士は、思わず手から得物を離してしまった。


 局部から胴に食い込み、引き抜かれる刀。

 隣にいた兵士は戦慄した。


 金属を果物のように裂く得物は、見たことがない。


「く、そ!」


 大きく振りかぶり、渾身の斬撃を繰り出す。

 大きな剣は空を裂き、頭上から落ちたところで、軌道がずれた。

 家屋に剣先が突っ込んだのだ。


 直後には、息の詰まる感覚。

 殺気で怖気付いたわけではない。

 喉に刀の先が突き刺さっていた。


「皆様方。紗枝はここにおります」


 血に濡れた瞼の奥には、鋭い眼があった。


「相手は女一人。どうぞ。遠慮なく斬り伏せてくださいませ」


 布地の裏で、紗枝は微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る