壁一枚の攻防

 ポンプは血眼になって、仲間のもとに向かった。

 東側を探していたポンプが「見つけた」と聞いたのは、西側だ。


「くそ。一度、煙を晴らしたっていうのに、また見えなくなってきやがった」

「こりゃ、町の外だ。町中には火の手が見つからん」


 補佐でお馴染みの部下を連れ、二人は早足で通路を過ぎった。

 食事処の建物。――その横を通った時、補佐の男は急に足を止めた。


「どうした?」

「死体だ」


 目を凝らして、路地から通りを覗く。

 大通りには、すでに何人もの躯が転がっていた。


 一様に、頭や首を割られ、殻から溢れた赤い汁が地面に染み込んでいる。


 死体を見た途端、一気に緊張感に支配され、全身が強張る。


「ふう。……ふう」


 慎重に前へ進み、狭い通路で剣を脇に構える。

 ポンプは巻き添えを食わないよう、間合いを空けて進む。

 後ろから襲われたら一溜りもないので、背後に意識を向ける。


 そうして、補佐の男が窓の横に差し掛かった。


 ――窓一枚を隔てて、家屋の中では、修羅が牙を剥いていた。


「っ!?」


 偶然だ。

 ふと、窓の方に首を向けた途端、鋭利な先端が窓ガラスを突き破ってきた。


「ブルック!」


 部下の名前を呼び、ポンプが近寄る。


「中だ! 中にいる!」


 間一髪のところで剣を持ち上げ、相手の攻撃を回避する事ができた。

 ゾッとするほど切れ味の良い刃が、かぶとの頬を撫でていく。


 光沢のある鉄の頬には、深い溝が作られ、刀が引っ込むと、さらに溝は深くなった。

 心臓が寒くなる金属音を耳元で聞いたのだ。

 ブルックは緊張を無理やり誤魔化し、奥歯を噛んだ。


「く、っそが!」


 一分の隙も見せたらダメだ。

 言葉にする前に、直感が悲鳴を上げている。


「迂回する。持ちこたえろ!」

「あいよ!」


 ブルックは目を逸らさず、自身に唱える。


「鋼鉄の血肉を顕現せよ」


 甲冑が徐々に膨れ上がり、中に着ていた鎖帷子は、甲高い音を幾度も鳴らして張り詰めていく。


 身体魔法だ。

 筋力増強することで、桁外れの腕力を発揮することができる。

 普通なら、壁に剣が引っかかって振り切る事ができない。


 ところが、身体魔法を使えば、木造の壁など容易く払うことが可能。


「しゃあッッ!」


 大声で怒鳴り、太身の剣を思いっきり横振りにした。

 木のクズが飛び散り、剣先がメリメリと埋まっていく。


 得物の長さなら、ブルックの方が上だった。

 彼に当てるなら、より近い位置に立たなければなるまい。

 紗枝は自身の存在を教えるかのように、横薙ぎの直後を狙って、再び刀身を突き出した。


「舐めんじゃねえぞ! こちとら、修羅場潜ってきてんだ!」


 得物が壊れるのではないか、と心配になるほどの激しい金属音が鳴り響く。

 壁一枚を隔てての斬り合いは、煙と木屑が漂う中で行われた。


 生憎、視界不良の中では相手の顔を確認ができない。

 加えて、飛び出してくる刀身を受け流すので、精一杯だった。


 ポンプがちょうど反対側に回った頃、ブルックの手には剣を通して何らかの手応えがあった。


「っし!」


 体重を掛け、思いっきり引いてやろう。

 首なのか。

 頭か。

 手足でもいい。


 舐めた代償として、貰ってやるつもりだ。


「……んだ?」


 ブルックの目には、刃が二枚映っていた。

 剣の平に重ねるようにして、壁の向こうから刃が伸びている。

 刃の続く先を辿ると、自分の肩に留まった。


「う、ああああっ!」


 慌てて身を引き、窓から離れる。

 それよりも早く、穴の空いた壁からは刃が姿を現した。

 穴の縁に残った破片を弾き飛ばし、真上から銀の光沢を持つ刀身が、空気を斬り裂いて落ちてきたのだ。


 刃は横を向いたブルックの首元に当たった。

 鎖帷子ごと、引き斬りの摩擦で分断し、底に隠れていた急所を見事に斬り裂いていく。


「がぁ……あぁ……っ!」


 金属の弾ける音を鳴らし、重い首が地面に転がった。

 ポンプが中に駆けつけたのは、丁度紗枝が刀を振り切ってからだった。

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