プロポーズ
燃えた木々をそのままにしておけない。
そのため、ベルブは魔法を使い、局地的に大雨を降らせた。
雨を降らせている間、やはり傍にある
首の断面なんて、そうそう見るものじゃない。
直視していると、心理的にくるものがある。
けれど、不思議なことに凄惨な有様の躯は、見事なまでに美しいとさえ感じてしまった。
戦争で人が多く死ぬのを目の当たりにした。
怪力で相手を圧死させる者や八つ裂きにして血まみれにする者がいた。
そのどれにも当てはまらない。
断面は真っ平らだった。
取れた首を置けば、そのままくっつくのではないか、と思うほどズレがない。
(すごい……)
ベルブは驚きつつ、ある事が頭に浮かぶ。
――この人なら。
隣を見上げると、紗枝がジッとベルブを見ていた。
見ているのは、泥に濡れた局部。
開けた胸元。
(
隣の少年が気になって仕方なかった。
「あの、紗枝さん」
「なに?」
真剣な表情でベルブが言った。
「ボクの、……騎士になってくれませんか?」
暗い森に柔らかい風が舞い込んだ。
紗枝は黙考する。
(異国に従え、ということか)
答えは決まっていた。
「断る」
「……そ、そうですよね」
頑なに、異国に対して芯が折れないのは、やはり幕末の武者である事が理由だ。
特に、紗枝の場合は、事情が違う。
事ある度に裏方で動いてきたのは、神道に仕える剣の使い手。
武士ではない。
忍びではない。
階級や地位など存在せず、とても古くから時代関係なく、神道を護り抜いてきた者達。
紗枝の剣は、歴史の表舞台に顔を出さない流派であった。
起源は古代。
他にも多くの流派が神道をお護りしている。
黒鉄兵法は、その内の一つでしかない。
そういった特殊な一族の末っ子として産まれ、剣の腕は男以上で、一族の中で一番厄介な女である。
厄介ではあるが、思想は飽くまで神道を護り、神道から派生した哲学を持っていた。
故に、外国に仕える事は思想のせいで、非常に抵抗があった。
しかし――。
「ベー殿」
「は、はい」
「君、……こ、恋人はいる?」
「はい?」
――彼氏は別。
いずれ夫婦となるなら、仕えるわけではないのだから、いいだろう。
超都合の良い解釈で、紗枝は世の中を渡り歩いてきた。
ちなみに、家からは勘当を食らい、破門されている身だ。
「君は良い男だ」
「あ、ありがとうございます」
ベルブは困惑した。
「わたしは諸事情につき、誰かに仕える事ができない。だが、君がどうしても言うなら、対価として君の人生をもらう事になる」
紗枝は真剣だった。
今年で22歳になる。
12歳を迎えた頃から、他の家では親同士が決めたお見合いで、婚約をする。あるいは、即決の結婚。
しかし、紗枝には無縁の話だった。
未だ独り身の紗枝は、とても寂しい思いをしている。
一人の女である以上、結婚したいし、男を知りたかった。
「それって……」
「ふふ。女に言わせる気? いいでしょう。ベー殿」
肩を掴み、紗枝は言った。
「わたしの子を産め」
「ボク、男ですけど!?」
こうして、紗枝は一人の少年と共に道を歩む事になった。
顔立ちが超好みで性格良しの男の子。
絶対に逃すわけにはいかなかった。
逃げる前に殺すつもりだった。
紗枝は黙考の末に本人の意思を無視して、全てを決めていたのだ。
「愛してくれなきゃ、……ふふ」
艶のない、真っ黒に濁った瞳がベルブを捉えた。
ベルブは魔法を中断させ、小さく震えた。
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