魔王の息子

 全身の肌が赤らむほど火に当たった頃だった。


「で、名前は?」

「ベルブです」

「そう。ベー殿ね」


 同時に、紗枝は思った。


毛唐けとうか)


 時は幕末。

 日ノ本は黒船来航により、無理やり開国させられた。

 つまり、外国の者に対して良い感情を抱いていないのである。


(異人であるならば、容赦などしなくても……)


 物騒な考えが頭を過ぎった。

 その時、紗枝の目にはある物が留まった。


(……なに……あれ)


 ベルブは膝を抱えて、背を向ける体勢なのだが、何分衣服がボロボロで露出が酷かった。


 そのため、斜め後ろにいる紗枝には、小ぶりな尻が目に留まっている。

 尻の陰に半分隠れる形で、男の象徴が見切れていた。


「やだぁっ」


 急に乙女な声を出すものだから、ベルブは「え?」と振り返る。


「あ、いえ、何も」


 初めて見た、男の象徴。

 見た目は可愛らしいのに、随分と立派な物をお持ちであった。


「ところで、ベー殿。ここは、どこ? 国は何という?」

「カイブ王国です」

「か、カイブ? ん? ちょっと待って。わたし、どこに流されたの? 西洋? 西洋のどの辺りよ」


 紗枝は混乱した。

 日ノ本から対極に位置する西洋に流された、というのはいくら何でもあり得ないだろう。


 けれど、目の前の男の子は顔立ちといい、肌の色といい、日ノ本のそれではなかった。


「地図見せた方が早いですね」


 ベルブは立ち上がると、湖面の方に向かう。

 青色で澄み切った湖。

 底が見えるほどの透明感で、魚の泳ぐ影がチラホラ見えている。

 周囲は樹木に囲まれて、名前の分からない草が湖面に浮かんでいた。


「この地を示せ」


 煌びやかな湖面が一瞬だけ白く光る。


「……うっそぉ」


 紗枝は生まれて初めて魔法という存在を知った。

 紗枝たちの立つ岸辺には、小さく地図が浮かび上がっていた。


「これがウー大陸です」

「わっかんないなぁ」


 楕円形をした大陸。

 その下の方が赤く点滅していた。


「この赤いのは?」

「今、ボク達がいる場所です」

「なるほど。こんな妖術を隠し持ってたのね。どうりで幕府が勝てない訳だわ」


 明らかに、元の世界には存在しない大陸。

 存在しない国。

 特に魔法というものが存在している以上、元の世界とは何もかもが違うのだが、紗枝からすれば、『異国』でしかない。


 そして、この女。

 男の象徴を見てから、急にベルブを意識しだしたのだ。


「……ちら」


 ボロ衣の下には、可愛らしいものがついていた。

 男を知らない紗枝は、興味がそっちの方に向いている。


「ベー殿。……あ、もうちょっとで……。いや、日ノ本に帰るには、どうしたらいいのかな?」

「ひのもと?」


 聞いた事のない名前に、ベルブは首を傾げた。


「あ、あれ? 交流ない国だったのかな? うー、参ったな」


 紗枝が悩んでいると、ベルブが言った。


「日ノ本という国は、聞いた事がありませんね。存在すら確認できておりませんし」

「……だよね。世界広いもんね」

「というか、ボクの父はカイブ王国の王だったので」

「王?」

「はい。人間の方からは、と呼ばれておりました」


 紗枝の脳内には、『織田信長』が浮かぶ。

 第六天魔王、織田信長。


「へ、へえ。すごいんだね」

「すごいのは、昔だけです。かつては、時期がありましたけど。今では人間に敗れて、家族は散り散りになりました」


 突然、話が追い付けなくなってきた。


「なんか、ベー殿。さっきから、人間、人間とか言うけど。その言い回しは、何だかベー殿が人間ではないような……」

「ええ。人間という括りは合ってますが。人種は、魔族ということになってます」


 腕を組み、木の葉に隠れた空を見上げる。

 漠然とだが、『変な場所』にきたのだな、と気づいてしまった。

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