第90話 懐かしい思い出


 そんな事を思っていると東條様は、呆けていて着いてこようとしない私を心配して声をかけてくれるだけではなく、離れないように手を握ってくれるではないか。


 あぁ、私は東條さまとの子供を見る前に死んでしまうかもしれないわね……。 先ほどから心臓が壊れたかと思うくらい動機が激しいですもの。


 まさか、この私が男性に恋する時が来るだなんて……何度も思うのだが、本当に信じられない、一ミリも想像できなかった未来である。


 しかしながら、恋を知る前よりも知った後の方が世界がキラキラと輝いて見えるのだから、私は恋して良かったと思うのであった。





 改めて麗華の私服を見ると今日のデートにかなり力を入れている事が窺えてくる。


 麗華の、烏の濡れ羽色のような長い黒髪と、クールな性格(今は見る影もないが)に合うように黒を主軸としているものの黒過ぎず、そしてくどくない程度でフリルがついていたりと、かなり似合っていると言って良いだろう。


 そしてそう思っているのは俺だけではなく、道行く男性が皆一度は麗華に目を奪われてしまう程である。


「いつもの制服姿の麗華も良いが、今日の麗華のファッションもこれはこれで麗華に似合っていて良いな」

「なっ!? あ……っ、そ、そんな……いきなり褒めても何も出ないわよ?」

「はいはい。 じゃぁ行こうか」


 なので俺はちゃんと麗華のファッションを褒めてあげる。


 もし精神年齢が見た目通り十代であったのならばここで俺は褒める事はできなかったであろうし、麗華が恥ずかしそうに顔を赤らめている姿に心を奪われてしまっていただろうが、ここは精神年齢が数十年も離れているからこそ俺は褒める事ができたし心を奪われずに済んだ。


 逆に言うとそれだけ先ほどの麗華の破壊力はヤバかったという事なのだが、異世界で同じパーティーの仲間であるエルフの女性でそういう免疫は鍛えさせてもらっていたしな……。


 そもそもあの駄エルフは何故か男性である俺の前でやたらと脱ごうとしてくるのだから、それと比べればこの程度の刺激ではまだまだ俺の心は動かない。


 というか、あの駄エルフは絶対に俺の事を男として見ていなかっただろうし、だからこそ俺を毎回からかって来たのであろう。


 だからこそ、もしその罠に手を出そうとしたらどうなるか想像するだけで恐ろしい。


 今となっては懐かしい思い出である。


「さて、そろそろ電車が来る頃だろうから中に入るか」

「…………制服姿の私も良いって事は、これはもう普段から私にくぎ付けって事では……?」

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