第2話聞かせたかった雑音

 そして俺はトースターで食パンを焼いて何も付けずにかぶりつく。


 異世界生活に慣れてしまったせいでただの食パン一つでもとんでもなく美味しく感じてしまう。


 それほどまでに異世界の料理は酷いものであった。


 そもそも魔王及び、魔物や魔族の脅威にさらされている生活では食事の味など二の次であり、基本的に火を通して食べるだけだ。


 これを料理と言っても良いのかは怪しいラインではあるのだが。


 この地球でも戦争によって食文化が破壊された国もあるように、食事をするというのは生命維持で必要ではあるものの、食事を楽しむというのは娯楽の部類であるという事なのだろう。


 そして娯楽というのは余裕がある生活という基盤があってこそ育つコンテンツであるのだから、明日死ぬかもしれないというのが日常であった異世界では食文化は未開であったというのは仕方がなかったのだろう。


「ご馳走様でした」


 そして俺は食パンを無糖のホット珈琲で流し込むように食べ終えると転移前に通っていた学園の制服へと着替えて登校の準備を始める。


 因みに両親は現在海外で働いておりここ日本にいるのは俺一人である。


 当時こそは両親についていくかどうか迷っていたのだが、今現在では日本に残るという決断をしてくれた過去の俺を褒め讃えてやりたい程である。


 正直な話、どういう表情で両親に会えば良いのか分からない。


 それくらいには余りにも三十年というのは長すぎた。


 そもそも異世界と合わせて俺は四十六年も生きてきたのである。


 その年月は両親の年齢を追い越しているわけで、かなり複雑な心境でもある。

 

 そんな事を考えながら俺は学園指定の鞄を手に取り、誰もいない部屋に向かって「行ってきます」と言いながらマンションから外に出る。


 そして一歩外に出てみれば、そこには転移前に見慣れた日本の風景が広がっており『帰って来たんだ』という事を強く再確する。


「本当に帰って来たんだな」


 耳を澄ませば登校中であろう子供たちの笑い声や、車やバイクなど人々が外に出て活動する生活音が聞こえて来る。


 それは異世界では聞こえなかった人の営みから成る雑音でもある。


 そして、俺が愛した女性に聞かせたかった雑音でもある。


 今頃、異世界はこれ程ではないにしろ子供の走り回る声が聞こえているはずだ。


 もう異世界に転移する方法は無いのだから確認のしようがないのだが、そうでなければあんまりにも報われない。


 転移する前には何も思わなかったのだが、平和であるという事が身に染みる。


 そんな事を思いながら俺は途中でコンビニに寄ると昼ごはん用に無糖の缶コーヒーとプロテインバーを購入していく。


 

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