第104話 中1の春
「あのバカ
激しい夜を潜り抜け、ゲッソリとした僕とは対象的にツヤツヤとして上機嫌だった妻の額に青筋が浮かんだのは、店の電話が鳴った後だった。
「乱鶯…すまない…午前中出てもいいか?」
申し訳なさそうに頭を垂れる妻。
「気にしなくて大丈夫だよ。舞風ちゃんがまたやらかしたんでしょ?僕にとっても大切な義妹だよ。迎えに行ってあげてよ。…僕が行くとそれこそ大変なことになるから。」
義妹から唾棄される程嫌われている僕よりも、大好きな姉である神娘が迎えに行く方が絶対に良い。特に神娘は経験的に警察への対応は凄く手慣れている。
「乱鶯…」
ウルウルと瞳を潤ませ、僕に抱き着く妻。
「神娘…」
そんな妻を抱き締める。
「行く前にもう一回イカせて…」
「ごめん、もう打ち止めです…」
あまりにも理不尽で強烈なビンタが僕を襲った。
−−−−−−−−−−−−−−−−−
「大椰!!また遅く帰って来たな!!門限は何時だ!!」
そう怒鳴る父。
「うっさい!!神娘様に誘われたんだよ!!文句あんのかクソオヤジ!!」
筋骨隆々、総合格闘家として伝説的成績を残した父に私はそう言い返す。
「そりゃ仕方ない。大椰、失礼はなかっただろうね。」
そんな父の肩を叩きながら笑うのは母、まっ金々の神に小麦色の肌。見るからに元ヤンですという雰囲気を醸す我が母はそう私に言う。
「あるわけねぇだろ。神娘様だぞ!!」
幼い頃から人一倍成長の早かった私は、小学校高学年の頃には身長は180cmを越え、中学入学時点で190cmを越えていた。
デカイ、それだけで目立つ。
でも私は目立つのが苦手だった。
そんなデカイだけの内気な私は、いろいろとイジメられたけど、小学校高学年から父の道場で総合格闘技を学び、イジメられることは無くなった。
代わりに、失ったものも多いけど…
−−−−
199.9cm、格闘技を学ぶ過程で付いた筋肉。母から教わった元ヤン流のメンタルトレーニング。
私の乙女要素は消え去っていった。
「加瀬はヤベェ…アイツには関わるな。」
中学入学と同時に、不良の先輩たちがそう噂しているのを聞いて悲しみに暮れた。
あまりにも恵まれた体格と才能、能力。
可愛いもの大好きな私にはあまりにも絶望的な現実がそこにはあった。
「百道凛樹でぇ~す!!」
入学式後、各クラスでの自己紹介。そんな場で一際輝く少女、母と父の憧れでありトラウマである史上最強の存在、『武生神娘様』の娘と同じクラスになった。
羨ましかった。
憧れる存在の娘として産まれ、桁違いの力を受け継ぎ、尚且可愛いし綺麗。
そんなの反則だ。
勝ちたい…
何か1つでも勝ちたい…
そんな衝動に駆られ私は百道凛樹に喧嘩を売った。
「よし、おっぱいの大きさで決めよ〜。」
そんな喧嘩の勝敗を身体測定の日に委ねた百道凛樹。
「私の勝ち〜。」
火に油を注ぐ奴の振る舞い。
「なんでおっぱいだよ!!普通身長だろ!!」
私は凛樹の胸倉を掴んだ。
「じゃぁ引き分けね~。」
ケラケラと笑いながら私の胸を触った。
「テメェ!!なにしやがる!!」
思わず振るった拳を容易く躱し、ニュルッと逃げ出し、
「う~ん、やっぱり私輝いてる〜!!」
その言いながら覗きに来ていた男子を縛り上げカツアゲしていた。
なんなのこいつ…
そこに憧れた神娘様の面影はなかった。
「百道!!」
「やっほー、大椰ちん!!」
何度喧嘩を売ってものらりくらりと逃げる凛樹。
追えば必ず私が損を食い、必ず凛樹が得を取る。
そんな日々が続きながらも、私は喧嘩を売り続けた。
理由は単純。
嫌い…気に入らない…
幼少期、母に寝る前に聞かされた神娘様の伝説、不良の…硬派の生き様。
格闘技を習う様になって怯えながらも憧れ語る最強の存在。
私の中で神娘様は神様だった。
そんな神様の娘がこんなチャランポランの大バカなんか許せない。
私が1番神娘様が好きなのに…
そんな思いと、いじめられっ子だった過去を払拭する為に、私は凛樹に喧嘩を売り続けた。
「もぉ〜、しつこいなぁ~。」
何度も何度も喧嘩を売り続け半年、漸く凛樹は立ち上がった。
「ステゴロでケリつけてやる…私アンタ嫌いだし…」
今までのふわふわとした雰囲気など消し飛んだ、最強の血、その匂いを漂わせる獣の血生臭い殺気を込めた言葉、それを一瞬だけ私に向けた。
「ハハ!!伊達にデカくないねぇ〜!!こんだけ殴っても立てるんだぁ〜!!」
「うるせぇ…バケモン…」
ハァー、ハァーと荒い息を吐きながら、最強の血の恐ろしさを痛感していた。
身体能力を強化する能力を扱いながらも、それを素で超える怪物、そんな相手にファイティングポーズをとる。
「もうやめたら〜?正直、雑魚相手とかつまんないから〜。」
完全に見下したその瞳。
「才能に胡座かいた大バカに負ける気はねぇんだよ!!」
右の拳、そこに能力全てを集約する。
「バカって言った奴がバカなんだよ!!」
凛樹はバカ丸出しの怒声を上げ私に向かってくる。
「「死ねや!!このバカ!!」」
お互いの右ストレートが顔面に刺さる。
「目覚めたか…」
痛む頬に添えられる冷たいタオル。
「ここは…」
ぼんやりとした視界の中私はそう呟く。
「ありがとう、ウチのバカ娘をぶん殴ってくれて。」
頭を下げたその艷やかな黒い長髪。
「…ぁっ…ぁああっ!!」
憧れの人がそこにいた。
「み、神娘様ぁ~!!」
オンオンと泣きじゃくる私に、神娘は軽く引いていた。
「おら、起きろバカ娘!!」
乱雑に蹴っ飛ばされる凛樹。
「っ…痛った!!なにすんのママ!!これ以上バカになったらママのせいだからね!!」
ご立腹な凛樹に冷めた目で神娘様は言う。
「バカの自覚はあったんだな…この大バカ娘。」
「バ、バカじゃないもん!!バカって言う方がバカなんだからぁ!!」
小学生以下の屁理屈を言う凛樹。
「この大バカ娘がぁ!!」
凛樹との死闘はなんだったのか…
そもそも、強さって何なのか、強さの意味が消失する程の殺気と怒声に、私と凛樹の喧嘩なんて微生物同士の喧嘩なのだと知る。
拳骨を落とされ、ギャン泣きする凛樹を慰める私は、彼女の親友となった。
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