第103話 愛も憎しみも変わらない

「乱鶯…私はダイエットする。」

 寝室でそう宣言した妻は、今日の夕飯で大好きなもんじゃを一口も口にしなかった為、その覚悟は相当なものだと確信する。

「神娘は今のままでも充分魅力的だよ。」

「そんな誤魔化しはいらん!!私は…私は…太った。」

 4人の子を産んだ妻の体型が変わるのは当たり前なのだが、それを許せない妻の女心。そこに追求したら僕の命が危ないし、そんなところが可愛い。

「痩せる!!」

 その決意は固い。

「神娘の為に僕が出来ることはなんでもするよ。」

 長い夫婦生活で身に着けた言葉が自然と出た。

「なんでもすると言ったな。」

 ガバッ、と僕に覆い被さる神娘。


「最近乱鶯の下っ腹も目立ってきたからな!!夫婦共に愛のダイエットだ!!」

 僕のもう1人の僕を優しく撫でながら荒い息を吐き、紅潮した顔で言う妻。

「神娘…愛してる。」

 天下無双で天下無敵の妻も、ベットの上では僕の妻。

 僕の神娘への愛は変わらないのだ。



−−−−−−−−−−−−−−−−−



「久しぶりじゃのぉ…長永。」

 私の持つお猪口に徳利から酒を注ぎながら言うのは、姐さんの腹違いの妹、阿賀舞風。

「歳下の癖に相変わらず生意気だねー。年長者は敬うもんだよー。」

 そう笑いながらお猪口の酒をグイっと飲み干す。

「丸目のジジイがブチ切れじゃったよ。バカ娘が帰って来んち。」

 徳利に直接口を付け一気に飲み干す舞風。

「アッハッハ!!あのジジイが?よし、絶対実家帰る来たないー。」

 そう笑い酒を追加注目する。

 

「しっかし、舞風とこうやって飲む日がくるとはねぇー。」

 2つ歳下の不良娘。最後に会ったのは彼女が14歳の時だ。

 天性の才能と能力で我が世の天下の如く暴れ回っていた彼女が私の尊敬する姐さん…彼女の姉に完膚無きまでに叩きのめされた時以来の再会なのだ。

「神娘姉があん時来ちょらんかったら、俺の勝ちじゃったけぇ、長永を敬う必要なんざありゃせんわね。」

 ケッ、とそっぽを向き悪態をつき届いたばかりの酒をまた一気に飲み干す。

「ホント生意気ー。言っとくけど、私は今やNo.2ヒーロー。都内のタワマン住まいで高級車も3台保有してるし、無職のアンタと違って高額納税者ですー。世間的には私が勝者なんですけどー。」

 ピッチャーで届いたビールを一気に飲み干し、そう小馬鹿にして言う。

「お仕事ご苦労さんじゃね…働いとるんが偉いんか?俺がヒーローじゃったらアンタぁはNo.3なんじゃけんどね。」

 ケケケと笑い、追加の酒を頼む舞風。

 このクソガキがぁ…

「すみませんー、バカルディのブラックボトルでー。」

 嘲笑う様に注目する私に舞風が闘志を剥き出しにする。

「日本酒はもうええ!!こっちはスピリタス持ってきぃ!!勿論ボトルじゃけぇね!!」

 困惑する店員。


「ええから持って来んね!!どうせ会計は私が持つっちゃけん!!こん文無しの無職に払う金はなかたい!!」

「んじゃぁボケェ!!雑魚ん癖に生意気じゃのぉ!!どうせ俺ぇが勝つんは分かっとんじゃけぇ、金くらい払うんが道理じゃろうが!!」

「生意気なんはアンタたい!!先輩ば敬うことばいっちょん知らんバカに教えたるたい!!」

 お互いに額を突き合わせ、ゴンゴンと頭突きし合う。

「こん田舎っぺ!!熊本にいぬりぃ!!」

「アンタぁも田舎っぺたい!!こん乳牛!!私ゃもう東京10年目の都会人たい!!」

「芋臭さが抜けちょらんのぉ!!てか、なんじゃそんな胸?整形したん?」

「パットたい!!なんが悪かとね!!阿蘇山で放牧したろうか!!」 

 ガンくれ合う私たちの元に酒瓶が到着すると同時に、お互い一気にボトルに口をつける。


 半分程飲み干した頃。

「「オェーェェェっ!!」」

 ふたりで同時に盛大にゲロを吐いた。

「なにしくさりよんじゃ!!オメェのゲロがかかちょる!!」

「なんね!!アタのゲロのがかかっとるたいで!!」

 酒瓶で殴り合う私たち。

「おどりゃ!!許さんけぇの!!こんまな板女ぁ!!!」

「死ぬんはきさんたい!!バカ乳女ぁ!!」

 血と瓶の破片、ゲロが飛び散る個室。

「おどりゃぶち転がしちゃるけぇの!!まな板女ぁ!!」

「わりゃこそぶち殺したるたい!!こん乳牛ビッチがぁ!!」

 ごシャァ!!と互いの拳が的確に顎を撃ち抜く。

 グラァと視界が歪み、ふたり同時に膝を付く。


 目覚めたのは、拘置所だった。






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