第30話 始まりもプリン

「「固さ…変えましょうか?」」

 そう恐る恐る言った僕を、返り血に塗れた少女は不思議そうに見て言葉を返した。

「…出来るのか?」

 出来る(というか、それしか出来ない)、そう証明するようにプリンの入ってカップに触れた。

 そんなプリンを一匙掬って口に運んだ、その時の少女は、整い過ぎた見た目と反し、マジックを見る幼子のようで、返り血に塗れてさえいなければ、ここに居る全員が虜になっていたと思う程可愛いかった。


 しかし、そんな程度では覆らない恐怖の対象。

 警戒心全開で彼女好みの固さにプリンを調整する。

 正直、この時、彼女に抱いていたのは、恐怖と、早く帰って欲しいという思いだけだった。

 理想的な固さのプリンを食べ終え、席を立った少女に、今まで感じたことのない安堵を感じたのだから。


 会計に来た少女は、計算をする僕に

「面白い能力もあるんだな…」

 クスッ、と笑った。

 警戒心も、恐怖も一瞬で消し飛んだ。

 可愛い…綺麗だ…

 そんな安っぽい形容詞では語れない。ただただ美しく、絶対に守りたい…そんな形容し難い感情が沸き起こった。

 

 店を出る彼女をボォと見送りながら、あの微笑みが頭から離れなかった。

「また来てくれるかな…」

 それが、あまりにも強すぎる少女に恋をした日だった。



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「私とどっちが強い?」

 武生神娘の、好戦的な笑みと共に囁かれた言葉に、ゾクッ!と背筋に恐怖が奔った。

 彼女の纏うその空気で分かる。

 

「あれで手加減されてた…正真正銘の化け物じゃない…」

 渡航前に渡された資料、あの時は夢物語…創作世界の戯言と思っていた彼女への評価が、今は過小評価だと思った。

 彼女と戦うということは、勝てる勝てないという次元ではない。

 彼女の匙加減で生きることを許されるか許されないのか…生殺与奪権を彼女に委ねる行為なのだと。

 

「それで、レインボークリスとやらはなんの用でここに来たのだ?」

 好戦的な笑みを抑えて問う武生神娘。しかし、僅かに漏れる強者との戦闘への好奇心は隠せていない。が

「りゅ…留学…私は別にしたくないけど…パパが勝手に決めたから…」

 その漏れ出た気を受けるだけで言葉が詰まり、途切れ途切れにそう返す。

「なんだ…そいつは来ておらんのか…」

 私の返答に、つまらなさそうに答える

 それと同時に鎮まる気。死が目の前にある緊張感から解放された。


「留学か…どこの学校に行くんだい?」

 武生神娘の隣に座る地味な男がそう質問してくる。

 …そういえば、この人は誰なのかしら?

 そう思いつつも、この場に居るということは何かしらの重要人物なのだろうと思う。

「…私、どこに行くの?」

 質問されたが、全く興味のなかった留学先の学校を私は完全に忘れており、父の秘書に耳打ちする。

「『都立英雄ひでお高校』です。」

 私に変わり秘書がそう答える。

「それくらい覚えとけよバカ娘…」

 その後そうボソッと漏らしていたけど…段々口が悪くなってるわよね?


「バカ息子と同じ学校か。」

 武生神娘の言葉。

「バカ息子?」

「結婚なさっていたのですか!?子どもまで!?」

 私と秘書、それぞれ驚きの声が出た。

 私は、よりにもよってこの化け物の息子のいる学校に通うという絶望感から。

 秘書は、何故か武生神娘が結婚していることと、子どもがいることに頭を抱えていた。

 彼女くらいの年齢なら驚くことでもない筈なのに…


 しかし、この時の私には、そんな違和感など感じる余裕もなく、彼女の息子が如何なる化け物なのかと怯えていた。



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「で、アンタらなんの用?私たち帰るんだけど。」

 怯えるモフモフとそれに抱き着く氷華。

 それを囲う様に立つ集団に、私はそう睨みつけた。



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「ねえ兄ちゃん…僕たち肩身狭くない?」

 そう河川敷で呟く岩穿。

「全部母ちゃんのせいだろ。」

 そんな弟に俺はそう返す。

「男って辛いね…」

「そうだな…正直、父ちゃんは尊敬するよ。」

 あんなわけの分からん母を嫁にして、今も夫婦関係は良好なのだから。

「「強くなりたいな…」」 

 我が家は女性陣(9割9部9厘母)が強過ぎる。

 男兄弟、思うところは1つだった。




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