第7話 鬼より怖い
「クソババア…容赦なく殴りやがって…」
痛む身体に鞭を撃ち、音を発するデバイスを手に取る。
学生の身分でありながら、ヒーロー協会に特例で所属することを認められた将来のトップヒーロー、『シャイニングマン』こと百道光は協会からの緊急連絡にデバイスを投げた。
「勝てる理由ねぇだろ…」
最寄りの繁華街で武生神娘が暴れている。
そんな連絡に光は痛む身体を再度ベットに任せた。
ヒーロー協会の連中は、今も母のことを武生院の跡継ぎと思っている。
しかし、身内として言わせて貰えば、母は後継者失格の烙印を押されたプリン屋の嫁だ。
失格の理由は1つ。
誰も真似出来ないから。
『光となる』そんな桁違いの能力を持って生まれ、並み居るトップヒーローを凌駕する力を持って規格外の天才。
そんな光でも、勝てないと思うのがあの母だ。
「あー、あのクソババアめ、滅茶苦茶に殴りやがって…」
痛む身体に顔を顰めながら、ベットに仰向けに寝そべり天井を見る。
光を操り、光と化す。そんな桁違いの能力を持つ光だが、この家にいると、自分は弱いのではないかという錯覚に陥ることがある。
能力だけなら五分五分か上を行く次女氷華に、自然の支配者である長女凛樹。支配域に入れば、地獄の苦しみを与え、相手が死を懇願する精神系能力の次男岩穿。
何より、無能力といいながらビームを撃ったり、ワンパンで相手を消し飛ばす母、神娘。
俺の能力って、本当に強いのか?
絶対的な自信をへし折る家族(主に母)に、光は日々悩んでいた。
そんな光のデバイスに着信が入る。
「なんだよ…」
同級生にして、悪友の幼馴染からの連絡に、気怠そうに答える。
「凛樹ちゃんが告白されたらしい。」
そんな連絡に直ぐさま起き上がる。
「誰の妹に手ぇ出してたのか分からせてやる…身の程知らずのクソ野郎のデータを送れ!!」
身体の痛みもなんのその、可愛い妹に触れる男には万死あるのみ。
光は、文字通り光の速度で駆け出した。
俺の妹は世界一可愛い。
凛樹も氷華も、誰にも渡さん!!
極度のシスコンである将来を期待されたヒーロー兼学生の光は、日夜妹たちに寄り付く虫を払うべく奮闘していた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−
「「すみませんでした!!マジで勘弁して下さい!!」」
ヒーローとヴィランが土下座する光景を僕は死んだ目で見ていた。
「何ヌルいこと言ってんだよ。オメェらはヒーローとヴィランだろ?死んでも戦えや!!」
妻(今は他人の振りをしたい…)が怒声と共に放つ殺気に、まだ怒りが納まっていないのだと泣きたくなる。
どうやって機嫌を直そう…
褒めちぎり戦法も今回はダメそうだし…やっぱ土下座かな…
泣きじゃくるヒーローとヴィランを死んだ目で見ながら、プリン屋兼底辺ヒーローの僕は天に祈った。
助けて、ヒーロー。
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「お嬢ちゃん、名前は?」
その問いに少女は答える。
「百道氷華。」
無に近い表情でそう答える少女に、恐ろしさを感じた。
「お嬢ちゃんは襲われたんだよね?」
あまりにも一方的な結末である戦闘跡を見たベテランヒーローは、氷華にそう問う。
氷漬けにされたヴィランと怪獣、戦闘員たちに対し、無傷どころか、本当に戦闘を行ったのかと思う程に平然とした少女。
そんな状況に、ヒーローは戸惑っていたが、返ってきた少女の言葉に、更に混乱する。
「鬼は怖いってママが言ってた…でも、ママの方が怖かった。」
死んだ目でそう答える少女。
意味が分からないが、仮に鬼というのが少女を狙うヴィランや悪意を持った者と仮定する。では、それよりも怖い母親とは…
ヒーローは少女に1つ質問する。
「お嬢ちゃん、ママの名前は?」
「ママはママだよ?」
ダメだ、この子からまともな答えを得られそうにない。
「…お嬢ちゃん、お家の人に連絡出来るかな?」
「ママを呼ぶの?…ヤダ!!ヤダヤダ!!氷華悪いことしてないのに!!」
取り乱して泣き出す少女に、彼女の複雑な家庭環境を見た。
そして、1つの確信を得る。
この子の母親って、アレだよな…
「ごめん、やっぱり連絡しなくていいよ…いや、絶対に連絡しないで。」
恐ろしい存在の影が見え、ヒーローはそう頼む。
「ママ来ない?」
「ああ、来ない。来たら困る。本当に困る。」
グスグスと泣きながら言う少女に、死んだ目で答える。
あんな化け物、誰の手にも負えん。
死んだ目で遠くを見つめるヒーローの元に、少女の兄が到着するまで、現場にいる者たちは生きた心地がしなかった。
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