九条 優 1



登壇した白衣を着ている教授がホワイトボードに何か書き始めた。

胸元に着けたピンマイクが声を拾い、スピーカーから響く。

学内では人気の講義なのか講堂の席はかなり埋まっていた。それでいて講堂内は教授の声以外に生徒が一斉にページをめくる音が聞こえるほどには静まっている。

終わりの鐘がなると生徒は一斉に片付けを始め、講堂から出ていった。


「九条くーん」


この声に教授は視線を右端に移す。

よくある光景は今回も出現したようだ。

2人の男子生徒が並んで座り、それを4,5人の女子生徒が囲っている。

お目当ては九条くじょうすぐるという、学内でも有名な名家の男子生徒だろう。また、優の隣に座る生徒の三浦みうら仁志ひとしも入学試験を首席で合格した少し有名な生徒だった。


「このあとお昼どこで食べる?」


優は前のめりでそう聞いてくる女子生徒と目を合わせ、ニコッと笑う。


「ごめんねみんな、この後は特に何も無いから、家で食べる予定なんだ。」


その言葉に女子生徒一同は「え〜!」と。

隣に座る仁志は既にリュックを片方の腕に通し、帰る体制をとってスマホを弄っていた。

「三浦くんも?」と聞かれると仁志は「そう。」の一言で会話を済ませる。

優は「ごめんね」と申し訳なさそうな顔をして席を立った。仁志も同時に立って講堂を出ようとした。


「また今度ね」


優は講堂を出る直前でそう言って片手を振り、外へと向かった。

女子生徒数人は名残惜しそうにしながらも「また今度って言われちゃったし…どっかでお昼しよっか」と開き直ってわらわらと講堂を後にした。


キャンパスを出て少し歩くと駅の看板が見えた。

地下へ続く階段を降り、改札を通る。


「優、その王子キャラいつまでやるんだ」


スマホを片手に仁志は呆れた感じで吐いた。

優はため息をついて少し低めに声を出す。


「しょうがないだろ…九条の名を少しでも背負ってるんだ。しかも何故か九条グループの人間だとバレていた。バレてなきゃあんなニコニコしないわ」

「ま、そうだわな」


九条グループとは、超巨大財閥グループのひとつで総資産500兆はくだらないと言われている。だが優はそこまで資産があるのかを把握しておらずそもそも自分の家にあまり興味が無い。跡取りは3個上の兄が予定しているため蚊帳の外になりたいと思っているのだ。


「大学卒業するくらいまではしょうがないから貫くよ」


そう言って優は2度目のため息をついた。

最寄り駅につき、仁志とともに電車をおりる。改札を通って階段を上がるとほぼ毎日目にする景色が変わらず今日も目にした。

昼間の駅前は閑散としていて、あまり人の姿は無い。コンビニから出てきた男は灰色のスウェットを着ていて漫画によくいるニートのような外見だったがこの男もまた、2人はよく目にしていた。


「んじゃ、また明日」

「あぁ」


仁志は駅の裏側に周り坂を登っていった。優はそれを少しの間眺め、駅前の歩行者用押しボタンを押して信号が変わるのを待った。

少し待つと目の前に黒い車が止まる。


「乗ってくっすか?」


助手席の窓が開き、運転席から覗くように金髪の男がそう聞いてくる。


「七種……」

「たまたまっす」


七種と呼ばれた男はスーツのジャケットを脱いでいて、着ていたシャツは第2ボタンまで空いている。


「本当か?どうせGPSでもつけて追ってたんだろ」

「優くんにそんなことしないっすよ。優くんの執事兼秘書である俺の勘っす」


優は「それもそれでどうなんだよ」とボヤきながら後部座席に乗り込んだ。

歩行者用の信号が青に変わる前に車は前進する。

車内は冷房が効いていて外の少し蒸し暑く汗ばんでいた体感が薄れていくのを感じた。


「今日も依頼が来てるっすけど」

「知ってる。連絡が俺の方にも来た」

「じゃあ詳細はわかってるっすね。そのまま直行でいいすか?」

「あぁ」


昨日ある男から連絡が来ていた。件名は「依頼」のみ。その男から貰う連絡の決まり文句のようなもので、大体その件名が多い。

少し車を走らせると20階建て相当のビルが並ぶ街並みが見えた。

真ん中に経つビルの前のロータリーで車が止まる。


「着いたっすよ」

「迎えは連絡する」

「了解っす」


優は車を離れ、ビルの中へ消えていった。

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胡桃と凪 仁井斗 @ikt_zkr

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