走馬灯

レクト

1. 出発

 光がある。昨日まではなかった光が、ここに。

 あたたかく、心地いい。


「ここが、ゴールなんだ」誰かが言った。

「ここ以外には、なにもないの」少女が叫んだ。


 僕はこの場所を知らなかったはずだ。けれど、ずっとこの光を、目指していたような――。



「あー、増えちゃったなあ」


 無数の荷物で塗れかえった部屋、それが僕の日常だった。

 毎日少しずつ増えていくものだから、普段は荷物の多さに気づかない。けれどこうして下から自分の部屋を見ると、改めてその乱雑さに気づかされる。

 内側だけが落書きだらけの扉を閉め、掃除の行き届いた廊下に出る。どこかの雑誌で見たようなミニテーブルの上に、流行りの観葉植物が置いてあった。

 綺麗、なのに、息をしていない。気になって取き込むと、造花だった。


ボーン


 リビングの時計が鳴る。学校に行く時間だ。

 背負ったランドセルを掘らして階段を降り、両親に声をかける。


「いってきまーす」


 自分の家も相変わらず、息をしていなかった。


 僕らのような子どもにとって世界は他険でいっぱいだから、と、小学生は集団で登校する決まりがある。集団は、近所の子ども達10人程で構成される。


「まだ全員揃わないのか。なあ、誰がいないんだ」


 集合場所では、リーダー格の男の子がいらいらと傘で地面を叩いていた。この中では年長で、体も一番大きい。頭も僕より大きいのに、誰が来ていないのかは分からないようだった。


「僕は分かるよ」


 ここに居ない、同い年くらいの女の子を想って呟く。

 その子は、いつもじっと黙って集団の後ろをついてくる。僕がその子を知っているのは、僕も黙って、後ろを歩いているからだ。毎日僕と同じ足取りで、僕とは違う色のランドセルを背負って。

 その色は、やけに明るい……そう、あんな色。

 僕は、建物の陰に隠れているランドセルを見つけた。


「もう時間だ。おーい、行くぞ!」


 リーダーが僕たちに声をかけ、確認も取らずに歩き始める。周りの子どもたちもついてゆき、やがてぞろぞろと列になる。

 僕は自然と列を抜け出して、ランドセルを追いかけていた。


「君がいないって僕、分かってたよ」


 建物の陰に向かって呼びかける。やがて早足になり、僕はその子を見つけた。


「ねえねえ、すごいでしょ」

「別に、すごくないし。黙ってよ。隠れてるんだから」


 地面に体育座りをしてランドセルを抱えた女の子は、口をとがらせた。


「なんで隠れてるの。学校、行かないの」

「行かない。もっと行きたいところに行くの」


 女の子は立ち上がると、ランドセルを背負いなおした。僕のことはお構いなしに歩き始めるので、僕は小走りで追いかけた。


「僕もついて行っていい?」

「なんで? 私は、ついてきてほしいなんて言っていないけど」

「子どもが一人で遠くに行くのは危ないよ」

「大人みたいなことを言うのね」


 そう呟く女の子の表情は、変化に乏しい。感情が失われたようだった。


 突然、けたたましいベルの音が鳴りだした。


 チリンチリン チリチリリリリリリリリ。


「危ないよ!」


 僕は女の子の腕をつかんで引っ張った。女の子は反動とランドセルの重みで後ろによろめき、しりもちをついた。ベルを鳴らした自転車は、僕らの目の前を通り過ぎて行った。

 警報音だけを鳴らし、僕らを避ける素振りもない。このまま立ち止まっていたら、どうなっていただろう。

 ものすごい速度で通過する自転車のハンドルは、ちょうど僕の目の高さだった。


「ほら、やっぱり危険だよ」

「……ありがとう」


 女の子は、ゆっくりと立ち上がった。背中のランドセルは、見かけ以上に重そうだ。


「ねえ、僕もついて行っていい?」


 歩き出した女の子の後を追う。今度は何も言われなかった。

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