第86話 封と思想

「アカリ、この気配は・・・!」

北門でのお祈りを終え、異国街の中を再び歩き出して間もなく、ソフィアが繋いだ手をぎゅっと握ってくる。


「うん、随分と溜め込んでるみたいだね。」

門の内を護るように取り巻く、境の影響を受けなくなった今、その存在をはっきりと感じられた。


「あの時、突然現れたように見えた黒いものは、地中に封じられた・・・その、ほんの一部だったのですね。」

「そうだね。さっき通り抜けた、人が多くいる辺りに集中している感じかな。」

「元々は、そういう所で暴走するものが現れないよう、封じ込める仕組みだとは思うけど・・・そこでああいうのが湧いて出るのなら、何か齟齬が起きているのでしょうね。」

そちらの方向へと鋭い視線を向けながら、美園も口にする。


「うん。その原因も、何となく想像はつくけれど。」

「ええ・・・だんだんと距離も近くなると、はっきりと伝わってくるようだわ。」

「感知魔法で分かってしまうのも、考えものという時はありますよね・・・」

ここに到着した時よりも、さらに高くなった太陽の下で、日射しと蒸し暑さ、そして絶えることのない行列に苦しむ人達の『負の感情』が、瘴気のように漂っていた。



「あれを無差別に封じようとするのが、良くないのでは・・・」

「うん。私達は普段からここにいる訳じゃないから、推測にしかならないけど、年月を重ねるうちに溜まりすぎたのか・・・ここ数年の夏が、暑すぎるせいだったりもするのかな。」

「私としては、後者の説を推したいけどね。」

美園がそう言って、照り付ける太陽を睨む。

精霊達に少し暑さを和らげてもらってはいるけれど、霊獣様への多少の遠慮と、この地の空気をしっかりと感じる意味もあって、あまり大げさなことはしていない。


「何はともあれ、遥流華はるかさんに頼まれてここまで来たからには、私達も何とかしたいところだけど・・・異国街の全体をちゃんと見たほうが良い気はするし、挨拶も大事だよね。」

「それって・・・やっぱり、他の門にも行くの?」

「はい、アカリ、ミソノ。私もそれが良いと思います!」


「うん。ここの力と一番強い関わりがある、ソフィアが言うなら決まりだよね。」

「ええ、私も状況だけを見れば賛成なのよ? 自分の体力が心配になるだけで。」


「それは・・・この辺りのお店には、甘くて美味しい飲み物もあるそうですから、頑張りましょう、ミソノ!」

「そうね・・・ある意味、消費もできるのよね・・・」

美園が少し投げやりになっている気もするけれど、私とソフィアは異世界での行軍を経験しているから、差がついてしまうのは仕方ない。



「ちなみに、行く順番は決めているの?」

「うん。私の考えとしては、北の次は南、続いて西。最後は振り出しに戻る感もあるけれど、東だね。」


「つまり、さっきがソフィアと相性の良い水だったけど、火、金、木の順よね。なるほど、脅しをかけ続ける流れで行くと。」

「人聞きが悪いなあ。スムーズに認めてもらえそうな順にするだけだよ。」

「あの、ご挨拶をするのですよね? アカリ、ミソノ・・・」

ソフィアが不安そうに尋ねてくるけれど、この異国街を護る仕組みの、元になった思想には、相性のような考えがある。

こうして力が働いていることを考えれば、その辺りも影響してくる可能性はあるだろう。


「そういえば、ヤヨイさんやアエリエールの『風』、神聖魔法によく使われる『光』といった属性は、霊獣様の力にはないのですね。」

「そこは、考え方の違いだよね。この異国街のもとになる国で、遠い昔に生まれた考えが此処でも護りに使われてる・・・というところかな。」

ソフィアがふと口にしたけれど、この世界だけでも数多くある思想や、物語で描かれるものも加わって、こうした考え方は本当に様々な種類があるだろう。


「異世界ではなくても、風を入れた考え方だと、地・水・火・風というのがあったかしら。」

「さすが美園、詳しいね。」

「私も勉強になります!」

「ありがとう、二人とも。うちは神社だけど、他の宗教も少し勉強することはあるからね。」

私達の声に、美園が少し微笑んだ。


「ところで、属性と相性についての話を先程聞きましたが、私も思い出したことがあります。」

「あら、何かしら。」

そして、真剣な表情を見せると共に、ソフィアが口にする。


「ヤヨイさんから聞いた話ですが、かつて水魔法を得意とする者と、氷魔法を得意とする者、二人の魔法士が戦ったことがあったそうです。

 その結末は、込められた魔力や魔法の技量によって、相性としては不利なはずの水魔法が、侵食しようとする氷魔法を打ち破る形となった・・・と。」

「ああ・・・その時、隣でウヅキさんが恥ずかしそうにしてなかった?」


「はい。私も『水魔法が得意な魔法士』さんは、ウヅキさん本人ではないかと推測していますが、大事なのはその教えですね。

 仮に相性が有利な状況であっても、決して油断せず、しっかりと私達のことを伝えたいと思います。」

「うん、そうだよね・・・! 私もソフィアを見習っていくよ。」

「少し甘い考えに陥りかけていた、自分が恥ずかしくなるわ・・・」

そうして言葉を交わしつつ、しっかりと気を引き締めながら、私達は次の門へと向かった。

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