第85話 北門の祈り
「周りの人の数が、落ち着いてきましたね。」
異国街の大通りから、北の門へと続く道に入ったところで、ソフィアが口にする。
認識阻害でも取り巻く人の数が減るわけではないし、途中から不安そうに私の手をぎゅっと握っていたから、ほっとしていることだろう。
「うん。この通りは、左右に屋台が多く並んでいるわけでもないし、だいぶ印象が違うよね。」
「どちらかと言えば、昔ながらのお店が所々に見られるのよね。道を一つ曲がれば、雰囲気も変わるということかしら。」
うなずく私に、美園も続けて言った。
「門のほうも、だんだんと近付いてきたけれど・・・ソフィア、力は感じる?」
「はい。あの場所が一つの起点になっているのが、しっかりと伝わってきます。」
「それなら、目的地はあそこで間違いなさそうね。急ぐ・・・のは余計に暑くなるから、このまま進みましょうか。」
額に浮かんでくる汗を拭いながら、私達は先に見える門へと真っ直ぐに進んだ。
「さて、これからが大事なところだけど・・・まずは水分補給かな。」
「はい、アカリ・・・!」
「そうね。力を使うことになるかもしれないし、準備はしっかりしておかないと。」
北の門へとたどり着き、状況を確認したところで、結界に似た境の外へと出る。
「アエリエール、アクエリア、術の行使が阻害される状態はどうなったかな?」
『消えています、契約者よ。』
『私のほうも、問題ないわ。』
精霊達に呼びかければ、内側にいた時の影響も無くなっていることが確認できた。
「この辺りは樹木もあって、静かなところですね。先程までとは大違いです。」
そうして、門の近くにある公園の木陰に入り、一息ついたところでソフィアが口にする。
「ああ、今は確かにそうよね。日や時間帯によっては、騒がしくなるのでしょうけど。」
「そ、そんなこともあるのですか・・・」
「うん。向こうに見えるの、競技場だからね。それも、この国でも一、二位を争うくらいに人気が高そうな競技で使われてる・・・」
「試合がある時には、歓声や応援に使う道具の音が、ここまで響いてくるんじゃないかしら。」
「そ、それは・・・私にはまだ早そうです。」
この世界の競技に、ソフィアもいつか触れる時が来るかもしれないけれど、場の雰囲気も見ながら、少しずつ慣れてゆくのが良さそうかな。
「さて、休憩はもう大丈夫?」
「はい! 私は問題ありません、アカリ!」
「ええ、こちらもしっかり休めたわ。いつでも行けるわよ。」
木陰で水分と塩分を補給し、精霊達の風と水で涼んだところで、皆でうなずき合い、再び門へと歩み寄る。
「上のほうに描かれているわね。亀と蛇が絡み合う存在・・・『四神』、『四獣』などと呼ばれる霊獣の一体にして、北方の守護。」
「うん。そして・・・ソフィア、準備はいい?」
「はい! 力をお借りします、水神様。」
私達の真ん中にソフィアが立ち、あの川で授かった水神様の力を身に纏うと、同じ『水』の概念を持つ、北の門の霊獣に向けて祈り始めた。
「美園、翡翠での繋がりはしっかりと意識していてね。」
「ええ、もちろんよ。」
私と美園もソフィアの左右に並び、三人で作った翡翠のアクセサリーを通して、繋がった状態を保ちながら祈りを捧げてゆく。
『私達は、この地をよく訪れる友人から異変を聞き、解決の助けになりたいと考えて参りました・・・』
ソフィアが全身全霊を込めるように祈り、私と美園もそれに続きながら、しばらくの時間が過ぎたところで、辺りの空気が変わった。
「・・・! 届いたの、ですか・・・?」
ソフィアがつぶやく隣で、私も慎重に様子を確かめれば、境の見た目は変わっていないけれど、私達を通すことへの制限が緩んだ気配を感じる。
おそらくは、異変の影響を抑えるために全てを封じるような効果の、例外くらいにはなれたのだろう。
『ありがとうございます・・・!』
もう一度、お礼の祈りを捧げてから、皆で体勢を戻す。
「ソフィア・・・!」
「ありがとうございます、アカリ・・・」
少しふらりとした身体を抱き留めれば、私の胸の中で、疲れを見せながらも満足そうな微笑みが零れる。
「私も、交ざっていいのかしら?」
「もちろん、ですよ。ミソノも、ありがとうございました。」
遠慮がちに口にする美園に、ソフィアが笑顔で振り向くと、ぽんと肩を叩かれ、嬉しそうにうなずいた。
「さて、二人の仲が良すぎて、また門前払いに戻らないうちに、しっかり調べなくちゃね。」
「あはは、確かに中の様子も、今ならはっきりと分かりそうだね。この霊獣様なら、そっちのほうは問題ない気もするけど。」
亀と蛇が寄り添い合う姿とも記される、その門に描かれたものをもう一度見上げてから、私達は内へと入った。
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