第84話 進入と方針

「これは・・・先へ進んだ人に対して、無差別に害を与えるものではなさそうですね。」

異国街への入口となる門を境に、薄く広がる結界らしきものと、それを通り過ぎてゆく数多の人達を、感知魔法と共に慎重に確かめて、ソフィアが口にする。


「うん。例外は、私達のように力を持つ者・・・といったところかな。」

その隣で同じものを見つめながら、私も続けた。


「こちらも同感ね・・・多少の影響が出るくらいなら、このまま中へ進んだほうが良いかしら。異変の調査に来たのに、ここでじっとしているわけにもいかないわよね。」

「うん。美園が言うなら、それでも構わないとは思うけど・・・」

「確かに、そうですよね・・・」

「えっ、なんで二人してこっちを見るの?」


「アカリ・・・お祈りで何かが変わるか、試してみましょうか。」

「そうだね。挨拶は大事だし、望みは薄いかもしれないけど、やってみようか。」

「ええ、私も一緒にするわ・・・人の少ない場所を探すのが大変だけど。」

ほぼ途切れることなく人が行き交う中で、少しでも近い場所での隙間を見付け、門に向けて祈りと共に来意を告げる。


「やっぱり、ここでは反応が薄いかな。」

「はい。力を持ったものであることは、感じられましたが・・・」

「そもそも、祈りを捧げるという意味では、適した場所とは程遠いわよね。」

その間にも途切れることなく人が行き交い、門の近くで写真を撮る姿も見える中、美園がため息をついた。



「それじゃあ、先へ進みましょうか。」

美園が口にすると共に、私達はその先へと進み出す・・・そして間もなく、精霊達の声が頭に響いた。


『契約者よ。この場で私達よりも力の強い精霊によって、術の行使が阻害されています。今の状態を続けるには、より多くの魔力が必要かと・・・』

「うん、そこまではしなくていいよ。一旦戻って、アエリエール。」


『私も同じよ、契約者さん達。』

「はい、貴女にも無理をさせるつもりはありません。戻ってください、アクエリア。」

私達の声に応えて、精霊達の召喚が解除される。


「え、それってつまり・・・」

「精霊エアコンはしばらくお休みです。頑張ろうね、美園。」

「くっ・・・! 着いて早々にこうなるとは思わなかったわ・・・!」

夏の暑さと湿気を直に受け、美園が空を仰いだ。



「それより、前を見たほうがいいんじゃない?」

「見えてるわよ! 目に映したくないだけで。」

「これは・・・・・・何と言葉にすれば良いのでしょうか。」

門を抜け、異国街の中へと入れば、大通りを埋め尽くすような人混み・・・よく見れば、人気店らしい屋台などへ並ぶため、一列では済まない行列が蛇行し、通る場所を見付けるのすら困難な状況になっている。


「そうね、ソフィア。とある有名な物語の悪役は、こう言ったそうよ。人がゴ・・・」

「それ、こういう所で口にしちゃだめなやつ!」


「ミソノの意識が混濁しているかもしれません。ここは鎮静の魔法を・・・!」

「・・・ええ、少し楽になったわ。取り乱したわね。」

ソフィアの放った光が美園を包むと、落ち着きを取り戻した様子が見える。単に暑さで自棄になりかけたようにも思えるけれど。



「ところで、精霊達の力は制限されても、ソフィアの魔法は有効ということかしら?」

「はい。私は特に異常を感じません。」

「うん。異世界由来の魔法は判定外じゃないかな。この結界らしきものを張っている存在からしても、よく分からないのかもね。」


「・・・! 人混みの上方に嫌な気配です。」

会話を続けながら、大通りも間近となったところで、ソフィアが声を上げる。

その視線の先には、どこからか現れた黒い靄に似た存在が浮遊していた。


「うん! 認識阻害はしっかりかけてるから、大丈夫だよ。」

「はい、アカリ! ライト・拘束バインド!」

ソフィアの詠唱と共に細い光の線が放たれ、嫌な気配を放つ存在を絡めとる。


「たまには私がやるわ。」

そこに美園が御札を飛ばすと、黒いものは浄化され、溶けるように消え去っていった。


「私も少し影響はあるけど、大した相手ではなかったわね・・・それにしても、ソフィアのさっきのは、久し振りに見た気がするわ。」

「ああ・・・確か、ミソノと初めて悪霊祓いをした時に使いましたよね。」

「うん。あの時はソフィアの力を借りて、私が使ったんだっけ・・・状況が合わないと、機会はあまり無い気もするけれど。」

「はい。逃げ回りそうだったり、不定形の相手でもなければ、他の手段が先に浮かびますからね。」


「それはそうと・・・さっきのあれを祓って、手応えはあった?」

少し振り返ったところで、周囲の状況から気になっていたことを尋ねる。


「いえ、ここにある悪いものの、ほんの一部が湧き出てきたのを浄化したような・・・」

「そうよね。あれが出てきても、私達に祓われても、まるで何事も無かったような雰囲気だわ。」

「やっぱりそうか・・・」

全員が同じような感覚であると分かったところで、携帯端末に保存してきた地図を表示する。


「美園も、下調べくらいはしてきたよね?」

「ええ。もちろんよ。」


「今までのことを考えると、ここへ向かえば状況が変わる気がするけど、どうかな?」

「北の門・・・? ああ、なるほどね。」

「はい。私がもっと力になれるかもしれません。」

次の方針を確認すると、入ってきた場所から見て左寄りに伸びる道へと、私達は足を進めた。

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