第83話 目的地

「シュウテン・・・この列車の終着地を意味する言葉が聞こえましたよね、アカリ。ここに流れる声の響きは独特ですが、なんとか聞き取れました・・・!」

「うん、間もなく終点で合っているよ。よく出来たね、ソフィア。」

「ありがとうございます、アカリ!」

車内の放送に集中していたソフィアが、抱き付いてくるのをぎゅっと受け止める。


「あなた達・・・認識阻害かけてるからって、自重を捨てるんじゃないわよ。まあ、それなりに移動は長かったし、何かしたくなる気持ちは分かるけど。」

こちらを少しだけ冷たい目で見つつも、美園がぐっと伸びをした。


「うんうん、美園ももうすぐ会えるし、待ち遠しいんじゃないかな。」

「いや、あっちはお仕事中・・・って、何が言いたいのよ!」


「それじゃあ、ソフィア。そろそろ降りる準備をしようか。」

「はい、アカリ!」

美園が暴走する前に落ち着くことにして、名残惜しさを感じながら体を離すと、私達の荷物を再確認した。



「少し前の駅で、だいぶ人が減った気もしましたが、外に出てみればまだまだ多いのですね。」

そうして電車を降り、改札へと進みながら、ソフィアが辺りを見回してつぶやく。


「うん。あそこはすごく大きな駅だから、観光や他の場所への中継で、たくさんの人が利用すると思うけど、ここも相当なものかな。」

「そうね。それに異国街から近い駅だって、ここだけではないのだし、この先でまた人は増えるわよ。さて、あそこに見えるのは・・・」

私に続いて口にしながら、美園が前方を見据えた。


「もう人の列ですか・・・ただ、複数あるようですね。」

「うん。見たところ、正面にある一番長いのが、この駅を出るための改札に続く列。左側に見える少し短めなのが、お手洗いの個室を求める人の列。そして反対側は・・・移動用カードの残額が足りなくて、チャージしてる人達の列だね。」

「それは・・・どれも大変そうです。」


「出発の時に急いでたりして、こういう所まで残額確認できてないと、困るわよね。ただでさえ、改札の中は精算機が少ない場合もあるから。」

「ああ、美園は神社のお仕事で、移動も多そうだよね。ひとまず今日の私達は、ちゃんとチャージきたから大丈夫。」

「はい。そして私は、異世界人でも安心な無記名式です!」


「・・・いや、そもそも法律が対応してない事象に、他の諸々も含めてどうするのという話だけどね・・・」

うん。今は細かいことは気にせず、目的地へと向かうことにしよう。



「異国街は・・・ここで左へ曲がって、地下通路を出ればいいのね。なんだか外に出るのも、少し久し振りに・・・・・・」

そうして階段を上がり、太陽の光を感じたところで、美園が言葉を止める。


「美園、何を言いたいかは分かるよ。」

「朝の頃は、まだ大丈夫なほうでしたからね。」


「暑い、暑いわ・・・夏だから当たり前ではあるけれど、今日はその中でも特別だわ・・・」

後から地上へと出てくる人達を、少し横にずれて避けながら、呆然とする美園を前に、ソフィアと二人でうなずき合った。



「それじゃあ、このままじゃ異変の調査にも支障が出そうだから、あれをやろうか、ソフィア。」

「はい、いきましょう。アカリ!」


召喚サモン! 風の精霊アエリエール。私達の周りに風を起こして!」

『承知しました、契約者よ。』


「顕現してください、水の精霊アクエリア。私達を取り巻くように、不可視のミストをお願いします。」

『分かったわ、契約者さん。』


そうして、私達三人の周りを風と霧が包み、真夏の暑さが和らいでゆく。


「ふう・・・生き返った気分だわ。ところで、今はソフィアが水の精霊を召喚してるの?」

「はい。本来の契約者はアカリですが、少し工夫しまして、私も出来るようにしてみました。」

ウヅキさんとヤヨイさんとの出会いも影響していそうだけど、こちらの世界のことだけではなく、魔法についてもソフィアは勉強熱心だ。


「元々、ソフィアと私は繋がっているから、無理をしたというわけではないけどね。」

「はい。向こうでは私も召喚士の経験がありましたので、アクエリアとの契約も初めてではありませんから。」


「なるほどね・・・あかりが一人で二柱使役するよりも、動きやすくなるのかしら。」

「その良さは確かにあるね。いざという時には、ソフィアと私の連携も大事になるということだけど。」

「はい! アカリとの連携ならいくらでも! 花火大会の後の、ウヅキさんとヤヨイさんのように、不思議なくらいに息の合った魔法が目標です!」

それはすごく高いものになるかもしれないけど、気合いを込めて口にするソフィアに、私も大きくうなずいた。



「さて、相変わらずの人の多さだけど、もうすぐ異国街の入口ね・・・ねえ、二人とも。露骨に何か感じるのは気のせいかしら?」

「いや、そんなことはないかな。」

「はい。私もはっきりと感じますよ、ミソノ。ただ、これは・・・」

「悪いものというわけじゃないけど、かといって歓迎もされていない感はあるよね・・・」

私達が進む先に、異国の意匠を感じる門が現れる。その内と外を区切る境には、結界に似た何かが薄く広がっていた。

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