第82話 小さなトラブルと不安
「ソフィア、そろそろ来ると思うよ。」
「は、はい・・・! アカリ、覚悟は決めました。結界と認識阻害の強化、完了しています。」
辺りの様子を探りながら、ソフィアが表情を引き締める。
「・・・そこまで深刻になることかしら。まあ、もうすぐ満員電車になると分かっていれば、そうなる気持ちも分かるけどね。」
その様子を隣から見ながら、美園がため息をついた。
「仕方ないよ。次に止まるのが大きな駅なのに、もう電車の中は混んでいるんだから。」
「あっ、動きが止まりそうです。アカリ、直視するのが恐いので、少しだけ腕を借りても良いですか?」
「うん。もちろんだよ、ソフィア。」
「ありがとうございます、アカリ・・・!」
ソフィアが私の腕に抱き付き、ぎゅっと顔を埋めてくる。
「いや、電車に乗ってくる人に思いっきり視線向けてたら、喧嘩売ってるみたいだし、その体勢も大概だからね? 普通に前とか下とか見てなさいよ。」
「まあ、認識阻害で席に人がいることくらいしか分からないし、ソフィアは近い距離での人混みが苦手だから、大目に見てくれるかな。」
「え、ええ・・・その辺りは、前に都会へ誘った私にも責任はあるからね。周りに妙な目で見られないなら、良いと思うわ。」
「ありがとうございます、アカリ、ミソノ。少し落ち着きました。」
ソフィアが顔を上げ、超満員となった電車の中をちらりと見て、少し笑顔を引きつった笑顔でこちらを向いた。
「それにしても・・・皆さんこうなると分かっていて、これに乗るのですよね?」
「うん。都会に来た経験があまり無い人もいるとは思うけど、行きたい場所や時間の関係で、遠回りするよりもこっちを選ぶんじゃないかな。もちろん、選択肢すら無い場合もあるだろうけど。」
「こちらの世界も、本当に大変なのですね。」
「何なら、この辺で日中働いている人達は、毎朝こんな思いをしているわよ。」
「うっ・・・確か聞いたことがありましたね。ツウキンラッシュというものの存在を。」
「あはは、ソフィアも色々と分かってきちゃったよね。」
「でも、対策を取る人達もいるものよ。神社で人伝に聞いた話ばかりだけれど、次の駅に有名な大学があるから、学生らしき人が座っている席の前に立っておくとか・・・あとは荷物を確認するなど、近々降りそうな素振りを見せている人もね。」
「な、なるほど・・・戦場でも敵の様子から次の動きを予想するのは、大切なことでしたね。」
「うんうん。その裏をかいてくる場合もあるけど、情報が大切なのはどこでも同じだよね。」
「二人とも、ここは戦場じゃ・・・いえ、ある意味そうよね。」
美園が諦観した顔をしていると、動き出して間もない電車が急に速度を緩め、車内に放送が流れ出す。
「アカリ・・・何かあったのですか? 先程の駅を出て、あまり経っていない気がしますが。」
「うん・・・この先を走ってる電車で、ちょっとトラブルがあったみたい。それで止まってるから、同じ線路上にいるこっちもね・・・」
「なるほど。構わず進めば、ぶつかってしまうのですね。」
「うん。だから、こういうことが一ヶ所で起きると、同時にたくさんの電車が止まることになるんだ。」
「たまにニュースで見るわね。混む時間帯に電車が止まって、あちこちで大変なことになっているのを。」
認識阻害の中で話す私達の周りでも、戸惑いや不安の表情が多く見えていた。
「・・・・・・その、アカリ、ミソノ。何か良からぬ気配を感じませんか?」
そうして、電車が止まる時間が少し続いた頃、ソフィアが表情を曇らせて辺りを見回す。
「うん、これだけ混んでるところに電車が動かないから、立っている人を中心に、負のオーラ的なものが出始めてるね。」
「あわわわわ・・・祓ったほうが良いでしょうか。」
「このレベルでやっていたら、切りが無いわよ。まあ、もし暴れ出しそうな人がいたら、御札でもぶつけましょうか。」
「それは色々と危ないから、遠距離からでも使える鎮静の魔法をひっそりとね。」
「はい、準備しておきます!」
「そ、それは構わないけど、海の時みたいに噂にならないでよ?」
そういえば、海で透き通った手を祓った時には、光や水流で近くの人達が何か感じてしまったよね・・・気を付けないと。
「はい、ミソノ。そこは十分に気を付けますから・・・・・・あ、アカリ。あちらのほうにある気配は、もしかして・・・」
「・・・うん、ソフィアの考えてる通りだと思うよ。良いんじゃないかな。」
「ありがとうございます。それでは・・・!」
ソフィアがうなずき、小さく力を使う。
「えっ・・・今、何したの?」
「小さな子供が、泣き出しそうになっている気配を見付けましたので、少しだけ不安を取り除きました。それ以上の効果はありません。」
「うん。この中で子供が泣き出したら、別のトラブルになりかねないからね。これで良かったと思うよ。」
それに、ソフィアは元居た世界の神殿で、身寄りのない子供達の面倒も見ていたから、こういうのは放っておきたくないよね・・・
「まあ、それなら仕方ないわね・・・と、ようやく運行を再開するみたいよ。長引かなくて良かったわ。」
「うん、本当に良かったね。」
美園の言葉に答えながら、ソフィアの頭を優しく撫でる。
「はい、アカリ・・・!」
そのまま体を傾けたソフィアが、ぽすんと私の肩に温かな感触を届けた。
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