第80話 穏やかな旅の始まりに

「昨日も連絡した通り、遥流華はるかさんと相談して、出来るだけ楽に行ける道順を考えてきたわよ。少しばかり遠回りにはなるけれど。」

出発の朝、三人で集合したところで美園が言う。


「それで構いませんよ。ありがとうございます、ミソノ。」

「なんとなく想像はつくけど、集合時間が少し早めになったのは、このためだよね。」


「ええ。向こうではあちこち歩き回ることになりそうだから、移動の間はなるべく消耗を防ぐようにするわ。」

「はい・・・それが良いですね。」

「うん。ソフィア、美園に気を遣ったんだね。」

ほんの少し戸惑いを浮かべた後、すぐに笑顔を作り直したソフィアの頭を撫でた。



「ええ、分かってるわよ。体力の消耗を気にするのは私だけだって! でも、ソフィアだって都会の人混みは嫌だったわよね!?」

「は、はい。立ち続けることは平気でも、近い距離に多くの人が居続けるのは苦手です。」


「まあ、体力の話だとソフィアに思わせた言い方が、少しまずかったかな。」

「言葉とは難しいものなのですね、アカリ。」

「うん。この世界に生きるたくさんの人達も、きっとそう思ってるよ。」

「・・・まだ学生の私達と、この世界に来て数ヶ月のソフィアがこんなことを話していると、何を達観してるんだ・・・と言う人もいるかしら。」

美園が遠い目をしているけれど、細かいことは気にしすぎないほうが良いかもしれない。



「窓の外の景色が、長閑なものになってきましたね。向こうでも、少し似た場所を歩いたことを思い出します。」

そうして電車に乗り、数駅過ぎて一つ乗り換えたところで、人の少ない中で外を眺めていれば、ソフィアがぽつりと口にする。


「そうだね。戦いに関わる移動じゃなければ、のんびりと楽しめたんだろうけど。」

「あなた達、異世界の思い出が当たり前のように物騒よね・・・」

うん、私が召喚されたのも国の危機が理由だし、その辺りはどうしようもない。


「アカリ・・・眠いわけではないのですが、ゆったりとしたい気持ちになりまして。少しの間、こうしていても良いですか?」

「うん、もちろん!」

ソフィアが私の肩にそっともたれかかる。金色の髪が目の前で揺れ、こちらも心が安らぐ感覚を覚えながら、傍にある手を引き寄せて指を絡めた。


「あなた達・・・私が居ること忘れてな・・・って、今は言わないほうが良いかしら。」

「うん。このところ、こっちの世界の勉強を頑張ってたから、少し疲れてるかな。」

「アカリ・・・私は寝ているわけではないのですから、そう言われると恥ずかしいです。」


「ああ、ごめん。でも、私達の間だから。変に隠さなくてもいいんじゃないかな。」

「そ、そうですね・・・ありがとうございます、アカリ、ミソノ。」

「まあ、私も構わないけど。それより、自分の疲れを指摘されるより、今の格好のほうが恥ずかしくはないの?」


「そう思うことも無いとは言いませんし、今も周囲には認識阻害を使っていますが・・・そんなことを気にしてアカリに触れられないほうが、私にとっては余程耐えられないことですよ。」

「な、なるほど・・・ソフィアも言うようになったわね。」


「そして、私はアカリと一緒に毛布の中にいる時を、転移してきた尊敬する方に見られたことがあります。それ以上に恥ずかしいことなど、この世界にも元居た世界にも存在しませんから。」

「そっちが主な理由じゃないわよね!?」

うん、あの時は魔力を大量に使って本当に疲れていたからね。それに気付いて、確認と回復のため転移でやって来る異世界の英雄なんて、止めようがない。


「まあ、変に遠慮する必要はないんだよ。美園も含めてね。」

「そうですね。ミソノも甘えたい人に甘えてみても良いのでは?」

「な、何を言っているのかしら? 二人とも。」

もちろん、こういう感覚は人それぞれだと思うけど、美園の頬が少し赤いのを見ると、間違いでもないのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る