第77話 晴れの日の終わりに(下)
「花火大会を見た後に、自分も空に上がることになるとは思わなかったわ。」
ウヅキさんとヤヨイさんの魔法で、皆で腰かけていたシートごと宙に浮かぶ中、美園が辺りを見回して口にする。
「あまりにもたくさんの人が居ましたので、先程もこんな風に二人で見ていたのですが、なかなか良い景色でしたから、皆さんにもどうかと思いまして。」
優しい笑みを浮かべながら、ウヅキさんがそれに答えた。
「風魔法で空を飛ぶだけでなく、これほどの人数を・・・やはりお二人の力はとてつもないものですね。」
その難しさを実感できるだろうソフィアが、私の隣で半ば呆けたような表情を見せている。
「いえ、元々は私達と手を繋いだ人だけ浮かべるものだったのですが、結界ごと飛ばすとなると、最初は制御に苦労したんですよ。」
「そ、そうだったのですか・・・」
そもそも最初の段階で少しおかしいです、ということは突っ込まないほうが良いだろうか。
「もしかして、手を繋いで飛ぶというのは、よくやっているのですか?」
「そうですね・・・もちろん必要があると判断した場合だけですが、例えば少し大きな建物で、二階や三階の部分に助けたい人が居ると分かっている時や、悪いことをしていた人達の拠点に崖を飛び越えて侵入する時など、使っていましたね。」
「ああ、あの時期は特に印象深いよね。」
尋ねてみれば、ウヅキさんに続いてヤヨイさんも少し懐かしそうにすごいことを語り出す。
「・・・私、灯やソフィアのすることが常識外れだと思っていたけれど、まだ緩いほうなんだと実感したわ。」
「ミソノ・・・それは私達、喜んでいいのですか?」
「美園ちゃん。目に見えるような悪霊が現れて、それを御札とかで祓うのも、大多数の人達から見ればファンタジーの世界なのよ。」
「うぐうっ・・・!」
ソフィアがじとりとした視線を向ける中、遥流華さんの冷静な声に美園が胸に手を当て、うめき声を上げた。
「この催しは、どれくらいの頻度で行われるものなのですか?」
「私達がいる国全体でいえば、今の時期に何度も同じようなものが開催されますが、この地域という意味では、年に一回ですね。」
こちらの世界の文化に興味を持ったというウヅキさんが、花火大会が終わった景色を眼下に見ながら、私達に尋ねてくる。
「この国で昔からあるとされる考え方ですが、日常と非日常を区別して、年に何度か非日常・・・今日のように楽しむためのお祭りや、子供の成長をお祝いする儀式などを、季節に合わせて行うんです。」
家が神社ということもあってか、こうしたことに詳しい美園が、さらに踏み込んだところまで補足してくれた。
今日のような非日常は『ハレの日』・・・漢字で書くなら『晴れ』だったということを、隣の会話から思い出す。
こうして花火大会を楽しんだ後に、雲のない星空と街の明かりを眺めながら、ソフィアと皆と過ごせる時間は、間違いなく特別なんだろう。
「アカリ・・・」
話の中心が美園に移ったところで、ソフィアがそっと私の傍に寄り、指を絡めてくる。
「うん。」
そのまま腕を少し引き寄せて、触れ合う肌を感じながら、二人で空と地上の景色を眺めた。
*****
「最後に空の旅が追加になったのは驚いたけど、今日も楽しかったね。」
「はい・・・!」
私達の家の近くに降り立って、ウヅキさんとヤヨイさんにお礼を言った後、神社へと帰る美園と遥流華さんにもまた明日を告げて、玄関の扉を開ける。
「だいぶ汗もかいたし、すぐお風呂に入ろうか?」
「はい、そうしましょう。」
荷物を部屋に置いて、湯船にお湯を貯めながら、二人で腰かけるのは洗面所の鏡の前だ。
「さて、まずはソフィアの髪をほどかないとね。後の手入れもちゃんとしないと、傷んじゃうと聞くから。」
浴衣に合わせて、しっかりと編み込まれたソフィアの金色の髪に手を伸ばす。
「ありがとうございます。でも、アカリの分は私にやらせてくださいね。」
私のほうにも少しだけ手が加わった箇所があるのを見て、鏡越しの微笑みが返った。
「この国では、日常と非日常を区別するのでしたね。アカリの手で、私をいつもの姿に戻してください。」
「うん、任せて。」
そのまま悪戯っぽく笑うところに頬を寄せてから、少しずつ丁寧に髪をほどいてゆく。
「えっと、この浴衣は・・・」
「明日返すことになってるから、後でちゃんと畳もうね。」
最後に、互いの着ていたものを片付けて、ぴったりと肌を寄せ合ってから、二人で汗を流し始めた。
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