第76話 晴れの日の終わりに(上)

「なるほど、人が多く集まる催しというのは、こうした問題も出てくるのですね。」

花火大会が終わり、駅へと向かう人の渋滞が起き始めている様子を見ながら、ソフィアが口にする。


「ええ。徒歩で来られる範囲の人達を除くと、どうしても交通手段は限られてくるからね。そして・・・問題といえば、ああいうのも一定数出てきてしまうわ。」

「ああ・・・・・・」

美園が示す先には、お酒に酔ってやや過剰に盛り上がる人達。まあ、向こうの世界でもこういうことはあったから、ソフィアも少し冷めた視線を送るくらいだけど。


「西のほうでは、急な雷雨で花火大会が延期になったそうよ。ここは無事に開催できて良かったわね。」

電車の遅延情報を調べていた遥流華さんが、合わせて目にしたらしいニュースを教えてくれる。


「そ、そんなことがあるのですか・・・!」

「この季節は『夕立』なんて言葉もあるくらい、夕暮れ時に雨が降りやすいんだよね。もちろん観る人達には危険な状況だから、直前でもそういう判断になるのは不思議ではないかな。」

「そうだったのですね・・・こうして花火を楽しめたことに、感謝しなければ。」

「あまり大袈裟でなくても良いけど、それは確かにね。」

静かに手を合わせ祈りを捧げるソフィアに、私も続いた。



「それで、もうしばらくここに留まることで良いかしら? あの人混みには入りたくないわよね。」

「そうだね。歩いて帰ることも出来るけど・・・」


「それはあんたとソフィアだけでしょう? この時間から数駅分の距離を歩くのは、さすがに疲れるわよ。」

「そんなあなたに、身体強化魔法・・・」

「反動があるんだったわよね!? 明日になって筋肉痛で苦しむのは嫌よ。」


「それも体験してみたいところだけど、美園ちゃんに無理はさせられないわよね・・・」

「呑まれないで、ユキ姉!?」

美園を中心に、認識阻害の中で会話が賑やかになってきた時、後ろから声がかけられた。


「あの、私達が送りましょうか?」

「・・・!! 水の賢者さ・・ウヅキさん? それにヤヨイさんも!」

ソフィアが真っ先に振り返り、そのまま表情が固まりかけている。何度か同じような驚き方をしている記憶があるけれど、物語で読んだ憧れの人物が目の前に現れれば仕方ないか。


「お二人も来ていたんですね。」

「はい。向こうでの依頼がありまして、あれから連絡できずにすみません。花火大会は無事に開催できたようですし、私達もぜひ見てみたいと思いまして。」

「東大陸にも火で模様を描くような行事はあるけれど、ここまで大規模なものは初めてだね。」

この催しが中止となる可能性もあった事件を解決する際に、お二人には大変お世話になったので、楽しめたのなら本当に良かった。


「向こうで同じようなことをすると・・・実現自体は出来そうですが、騒ぎになってしまいますよね。」

「狼煙をちゃんと上げる余裕がなくて、手当たり次第にやったのかと思う人が出てきそうかな。」

うん、あちらの世界なら火の魔法があるから、再現も難しくなさそうだけど、別の問題も出てきてしまうようだ。


「それにしても、皆さんが着ている衣は・・・東大陸の伝統装束に近いものがありますし、やはり繋がりを感じてしまいます。」

「えっ! 浴衣もですか。食事も似ていたのなら、不思議ではないのかもしれませんが。」

「そうだね。また時間のある時に、こちらの文化も調べてみたいところかな。」


「は、はい! 私達が出来る限りのことは、お手伝いします・・・私も勉強中ですので、アカリと一緒に・・・」

「うん! もちろん私も協力するよ。」

ちらりとこちらを見るソフィアにうなずく。そういうことなら断る理由なんてない。


「はい! それでは、ご無理のない範囲でお願いしますね。今日はそのお礼も込めまして・・・」

「・・・えっ!? 結界・・・なのよね。物凄く強力みたいだけど。」

ウヅキさんが手をかざすと、私達の周囲が魔力の壁に包まれる。美園が驚いた表情で辺りを見回しているけれど、ヤヨイさんも含めて力が段違いなんだろう。


「皆さんの荷物は、全てこの内側に入っているでしょうか。」

「は、はい。大丈夫です・・・」


「もちろん、周りからは感じ取れないようにしていますので、ご安心ください。それでは行きますよ!」

「えっ・・・! う、浮いてる!?」

手を繋いだウヅキさんとヤヨイさんから魔力が放たれると、風の魔法が辺りを包む気配がして、私達は空へと浮かび始めた。

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