第75話 空に咲く花(下)

「美園からの連絡は、飲み物系の確保・・・か。かき氷は買い足すとして、こういう場所らしくラムネと、お茶も揃えておこうかな。」

「こちらの風習はまだまだ勉強中ですので、アカリに任せます・・・」

二人で一緒にかき氷を食べ終えたところで、美園から念話が入り、再び屋台のほうへと向かう。


「飲み物の器が、氷を加えた水の中に・・・! とても冷たそうです。」

「うんうん、まだ暑いし人混みの熱気もあるから、こういうのが欲しくなるんだよね。」


「・・・アカリ、あのように冷やした飲み物の器を、頬に付け合って遊ぶ人達が散見されますが・・・その、やってみてもいいですか?」

「ソフィアがやりたいならいいけど、ちゃんとお返しはするよ?」

「は、はい。ぜひお願いします・・・」

心を決めた様子が見えた直後、私の頬に冷たい感触が届く。残念ながら子供の頃に経験はあるから、そこまで驚けないけれど。


「ひゃうっ・・・!」

そして、ソフィアの可愛らしい声が、すぐそばで響いた。




「それじゃあ、一通り揃ったところで夕食にしましょうか。」

草地の一角に確保された私達のシートに、四人で集まる。美園と遥流華さんのほうで、焼きそばをはじめとした屋台の定番を揃えてくれたようだ。


「こ、こんなにありがとうございます。大変ではありませんでしたか?」

「大丈夫よ。こういう場所に来たことは何度もあるし、ユキ姉と手分けしたからね。」


「そうでしたか・・・でも、この場所を確保する手間もあったのでは。」

「この国であれば、シートを敷いて私物らしきものを置いておくと、大体は誰かが取った区域だと認識されるわ。

 念のために、買い物中に侵入者でもいれば、心や身体が重くなるような結界を張っておいたけどね。」


「うん、さすが美園だね。」

「そ、それはもう、呪いの類いでは・・・」

「まあ、そういう見方もできるかしら。」

「美園ちゃんのいる神社でも、鳥居の中に悪いものを通さないようにしていたわよね。」

何はともあれ、こうして無事に夕食と花火を見る場所が確保できたのは、喜ぶべきことだろう。



「はむっ・・・! この料理自体は、何度か食べたり作ったこともあるはずですが、今日はまた違う気分です。」

「うんうん、屋台の食べ物って、こういう雰囲気も含めて味わうものだと言われたりするね。」


「まあ、冷静になれば値段設定がアレなものとかあるわよね。自分で材料を揃えれば・・・」

「それはあまり言わないほうがいいやつ・・・」

きっと屋台の設備とか、諸々の費用だってかかるはずだからね?


「あ、アカリ・・・この飲み物、宝玉のようなもので口が塞がれています!」

「うん、そんな高価な玉ではないけど、初めてだと戸惑うよね。」

携帯端末で説明書きのページを見せながら、ぷしゅりと玉を下に落とす。やっぱり、こんな風に昔からあるものを楽しむのも良いよね。



「みんな、食べるのもいいけど、そろそろ花火が始まるわよ。」

「・・・!!」

一緒に屋台料理を食べつつも、しっかりと時間を見ていたらしい遥流華さんが教えてくれて、私達は一斉に視線を上げる。それから間もなく、ひゅるるると音が響いて、空に一輪の花が咲いた。


「・・・・・・あ、アカリ。写真では見ていましたが、実際に目にすると、すごいです。」

ぽかんと口を開けたソフィアが、数秒置いて立ち直った後にも、まだ夢見心地という表情で声をかけてくる。


「うん、何度か経験しててもやっぱりすごいと思うし、初めてなら尚更だろうね。」

会場に集まる数多くの人達も、あちこちで歓声を上げている。


「ただ、これがまだまだ続くんだけどね。」

「ふえっ? あっ、もう次が・・・!」

少しの間を空けながら、再び上がり始めた花火に、ソフィアが慌てて空へと視線を向けた。



「少し慣れてきた気持ちですが、一つ一つ大きさや色も違うのですね。」

「うん。大掛かりなものだから一定の制約はあるはずだけど、作る人達もその中で色々と工夫をしていると思うよ。」


「はい・・・・・・それに、あんな風に落ちてゆく光が残るのを見ると、少し淋しい気持ちにもなりますね。」

「そうだね。それがあるからこそ、より花火は印象深くなるという話もあるし、また来年も観に来たいと思えるのかも。」

「はい・・・」

柳という種類だっけ。それを見るソフィアの表情の変化を感じて、私は振り返る。


「美園、遥流華さん。少しソフィアと散歩してきてもいいかな。」

「ええ、もちろん構わないわよ。二人で楽しんできなさいな。」

「分かりました。もしも移動する時は、美園ちゃんから連絡を入れますね。」


「はい! 行こうか、ソフィア。」

「わ、分かりました・・・」

すぐに手を取り立ち上がると、私達は歩き出した。



「ありがとうございます、アカリ。」

「ううん、気にしないで。なんだか、そんな気がしたから。」

人気が少ない場所まで来たところで、地面に結界を張って腰掛ける。


「アカリ、花火大会のことを教えてくれた日に言っていましたよね。花火は、死者を弔う意味もあったと。」

「うん、そのせいで気にさせちゃったかな?」

「いえ、それは花火そのものの雰囲気だと思います。もちろん、綺麗で楽しいという気持ちのほうが、ずっと大きいのですが・・・」

何を感じてしまったのかは、聞くまでもない。異世界での最後の戦い、あの時の・・・


「ひゃっ・・・!?」

隣に座っていたソフィアを身体強化で抱え上げ、伸ばした私の足上に下ろして抱きしめる。


「大丈夫、ソフィアはここにいるよ。こうして触れている感触も、体温も、香りも、ちゃんと私が感じてるから。」

「ありがとうございます・・・私もしっかりと感じています、アカリ。」

私に抱きしめられたまま、体を後ろに傾けてきたソフィアが、それ以上を求めるように頬をすり寄せてくる。


「うん・・・」

「ん・・・」

全身で触れ合いながら、私達は望む場所を探り当てて、心が満たされるまで呼吸を重ねた。




「そろそろ終わりの時間だから、最後のあれが来るわね。」

「ああ、今年もそうなるのかな。」

「な、何か起こるのですか?」

しばらくして、私達は美園と遥流華さんのところへ戻り、今年の花火大会もいよいよ終わりを迎えようとしている。


「実際に見てもらったほうが早いかな。ほら・・・!」

「わわっ・・・! 今までよりもすごい勢いで花火が!?」


「うん。最後はやっぱり一番盛り上げたいと思う人も多いから、大きな花火を次々と打ち上げたりするんだよね。」

「そうなのですね。確かに、目が離せない気持ちです・・・!」

周囲からもひときわ大きな歓声が上がる中、ソフィアと私もその光景をじっと見つめ、やがて最後の花火が空に軌跡を残していった。


「楽しかった? って、聞くまでもないかな。」

「はい、アカリ! こちらの世界に来て私は、また一つ大切な時間を過ごすことが出来ました。」

うん、ソフィアの瞳がきらきらと輝いている。華やかな浴衣姿と、編み上げられた金色の髪も愛おしく感じて、私はうなずきながら頭を撫でた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る