第74話 空に咲く花(上)
「それじゃあ、ソフィア。少しじっとしていてね。」
「わ、分かりました、アカリ・・・ミソノも、よろしくお願いします。」
「ええ、任せておきなさい。」
私達の部屋で、少し緊張した様子のソフィア。その両隣に私と美園が立ち、準備万端だ。
「これから初めて浴衣を着るソフィアのために、髪を編んでいくよ!」
「あ、編むというのは、ほとんど経験がありません・・・」
今日は花火大会当日、まずは早めに集合して身支度を始める。せっかくなので、浴衣に合うとされる髪型も試してみよう。
「そういえば、今まで見てきたソフィアの髪型って、いわゆるストレートか、簡単に後ろ手でまとめるくらいよね。」
「うん。私がその辺りに詳しくないのもあるけど、元がこれだけ綺麗なのに、余計な手を加える必要があると思う?」
「ええ、それには同意するわ。」
「え、え・・・・・・」
ソフィアの頬が赤くなってゆくのが分かるけれど、事実だから仕方ない。
「髪を編んだ経験がほとんど無い・・・というのは、深く聞かないほうが良いのかしら。」
「いえ、向こうの神殿での仕事は忙しいほうでしたし、髪を整えるのは儀式の時くらい、それも簡単なもので・・・という話です。」
「私が喚ばれていた間は、行軍とかでそっちに気も回りにくい状況だったしね。」
「やっぱりそういう話題になるんじゃないの・・・!」
うん、異世界のことだからね、これも仕方ない。
「うっ・・・やっぱり美園のほうが速いか。」
「こういうのは慣れが大きいわよ。こっちは神社の仕事でそれなりに気を遣うんだから。」
そんな話をしながらソフィアの髪を編んでいると、進み具合に少し差が出てきたけれど、まずは丁寧さ重視かな。
「・・・こうしてやってもらうだけというのも、少し居たたまれないですね。本で目にした、『両手に花』という言葉のようで。」
「いや、この状況だと、真ん中にとびきり綺麗な花がいることになるんだけど。」
「ええ、それは間違いないわね。」
「うう・・・恥ずかしくて溶けてしまいそうです。」
「まあまあ、ソフィアが本当に綺麗だってことだから。」
下を向いてしまったソフィアの頭を、手を止めて優しく撫でる。
「いや、今やったら崩れるし、終わらなくなるでしょう!」
美園の叫びが至近距離で聞こえるけど、慎重にするから少しだけ待ってね・・・
「それじゃあ、浴衣の着付けも終わったところで、鏡の前に行ってみようか。」
「は、はい・・・」
髪を整えた後、ソフィアにとって初めての浴衣を、皆で手伝いながら身に付けてもらい、いよいよお披露目の時・・・! 対象が本人であることは置いておくとして。
「これは・・・!! こんな素敵なものをありがとうございます!」
ソフィアが口に手を当てて驚いているけれど、着付けの間に全貌が見えてきた頃の私達だって同じ気持ちだ。丁寧に編み上げられた金色の髪に、少し明るい色の浴衣を合わせた姿が尋常ではなく映えている。
「どういたしまして。私も準備してきた甲斐があるわ。」
都会での仕事を切り上げて、それなりに良いレンタルの浴衣をいくつも持ってきてくれた、遥流華さんも満足そうだ。
「うん、これは良いものが見られたわね。それじゃあ、灯、ユキ姉、私達もそろそろ準備をしないと。」
「あっ! アカリの浴衣は私も手伝います!」
ソフィアが私の服にさっと手をかけてくる中、私達は身支度の残りを済ませに入った。
*****
「まだ日が暮れる前ですが、もうこんなに人が集まっているのですね。」
電車を降り、すっかり見慣れていたはずの駅前の変化に、ソフィアが目を瞬かせている。
「うん、やっぱり花火大会は人気の催しだからね。ほら、この辺のお店も外に売場を作って、ちょっとした屋台みたいになってる。」
「ほ、本当です・・・! あっ、でもまだ買うには早いでしょうか。」
「そうね。会場まで行ったほうが選択肢は増えると思うわ。」
「それにしても、これが危うく中止になるところだったんでしょう? 美園ちゃん達も大変だったのね。」
「本当よ。神社に依頼が来るから何事かと思ったわ。まあ、また二人に色々助けてもらったけど。」
あれから数日、ソフィアと陣の監視は続けたけれど、やがて訪れる人はいなくなり、呪具が並んでいた闇サイトも綺麗に消えて、私達が陣を解除したあの場所には平穏が戻っている。
「いや、神社のほうで後始末をしてくれたから、こっちも助かったし。」
「はい。それに、こちらの世界のこんなに素敵な行事が、無事に行われるお手伝いが出来たのなら、私も本当に嬉しいです!」
私の隣できらきらと目を輝かせるソフィアを見ると、今回の件を無事に解決できて良かったと、心から思えた。
「まあ、これだけ人が多いと大変なこともあるけど・・・まず、ソフィア。認識阻害を一段強めにしようか。このまま人混みに入ると大変なことになりそうだから。」
「そ、そうでしたね。十分に気を付けていきましょう。」
ただ街を歩くだけでも、認識阻害をかけないと注目を集めてしまうソフィアなので、今の浴衣姿で人前に出ればどうなるかは、容易に想像がつく。
「只でさえ人が多いし、ずっと四人で行動するのは難しいかもしれないから、離れそうになったら無理は止めましょう。連絡はこっちのほうで。」
念話用に皆で持っている、翡翠のアクセサリーを美園が示す。
「じゃあ、私と美園ちゃんが一緒ね。灯さんとソフィアさんも絶対に手を離さないように・・・と、その心配は無さそうね。」
私とソフィアのしっかりと繋ぎ合った手を見て、遥流華さんが笑って言った。
「・・・というわけで、予想通り二人きりになったわけだけど。」
「人が多すぎる中で、認識阻害をかけて避けながら歩こうとすると、どうしても向こうの世界を思い出す動き方になってしまいますね。」
私達は斥候職などではなかったけれど、こちらの一般的な人とは違う挙動をしていると思う。
「まあ、美園と遥流華さんも、二人で過ごす時間が欲しいかもしれないし、まずは私達だけで屋台でも見てみようか。」
「はい、アカリ・・・!」
花火大会の主となる会場が、既に人でごった返す状況となりかけている中、屋台が並ぶ一角を目指した。
「それじゃあ、夕方とはいえ暑いし、まずはやっぱり・・・!」
「・・・! あれは向こうでアカリが教えてくれた、かき氷! 本当に大きな氷を目の前で削るのですね。」
「うん。この季節、こういう場所では定番だよ。花火大会の初屋台は、これが良いかな。」
「はい・・・! ああ、種類がこんなに・・・どれにしましょう。」
「確かに迷うよね・・・じゃあ、ソフィアが好きなのを二つ選んで。」
「二つ・・・? は、はい! そうしましょう。」
意図を察した様子で、ソフィアが私の手をぎゅっと握りながら微笑む。そうして、一番と言って良いくらいの定番と、この国伝統の味と一緒に楽しめるものを選んで、近くの草地に腰かけた。
「~~~!! 口に入れた時の感覚がすごいです! 確かにこれは魔法で再現するのが難しそうですね。それに・・・なんだか幸せになる甘さです。」
「うんうん、やっぱり美味しいよね。ソフィア、こっちも食べる?」
「は、はい。お願いします・・・」
そうして、私が一口食べたほうから掬って差し出せば、少し顔を赤らめながら、ぱくりと口に含む。
「こちらも美味しくて、とても甘いです、アカリ・・・」
幸せそうな笑みを浮かべ、唇を少し湿らせながら、ソフィアが私を見つめた。
「次は、私の番ですよね?」
「うん、認識阻害はしっかりかけてるから、周りは気にしないでいいよ。」
そうして私達は顔を寄せ合い、二つのかき氷の味を一緒に楽しんだ。
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