第73話 元凶と応報
「ソフィア、まずはあの人の様子を探ることに集中しようか。」
「はい、アカリ・・・!」
書き換えられた陣の所へとやって来た、怪しげな気配を漂わせる人を前に、まずは認識阻害と探知魔法を使いながら観察する。
「・・・どうやら、慌てているようですね。」
「うん、陣が別のものになっていると気付いたのかな・・・あっ、鞄から何か取り出したよ。」
「あれは、紙でしょうか。」
「うん。地面にある陣と見比べ始めたようだから、元々あったものの図面でも描いてあるのかもね。」
ここまでの動きからして、私達が今見ている人が悪意ある陣を作り出した可能性は高いだろう。
「あっ! アカリ。今度は嫌な気配がするものを取り出して・・・!」
「元の形に書き直すつもりなのかな。止めておいたほうが良いと思うけど。」
「あんなもので、あのお二人が関わった陣を弄ろうとしたら・・・あっ、気を失いましたね。」
これまで目にしてきた呪具にも似た、棒状のもので陣に触れた瞬間、ヤヨイさんとウヅキさんが手を加えた呪詛返しが発動し、相手はその場にばたりと倒れた。
これは当分の間、目覚めることはないだろう。
「・・・つまり、あの陣の書き方や呪具そのものも、誰でも入手できるような場所にあったということですか?」
「うん。向こうの世界で言えば、裏稼業の人達がする取引みたいなものだから、本当に誰でもというわけではないけど、それにたどり着く隠語を知っていれば難しくはないだろうね。」
ひとまず、気を失った人が持っていた紙や呪具などを調べ、一緒に印刷されていたアドレスに携帯端末で飛んでみれば、大体の推測は出来た。隣でソフィアの表情が曇っているけれど・・・
「この世界の悪霊などは何度か見てきましたが、こんな脅威もあるのですね・・・」
「ああ、この画面に色々並んではいるけど、実のところは形だけの偽物が多いとは思うよ。ただ、本当に力のあるものが紛れ込んでいると、こういうことに・・・」
「なるほど・・・他の種類の品もあるようですね。」
「う、うん・・・私も詳しくはないけど、これは副作用の強いお薬とか、植物の類かな。」
「アカリ、何かぼかした言い方に聞こえるのですが・・・」
「あまり口にしたくないような言葉もあるからね・・・多分だけど、この国の法で認められていないものか、ぎりぎりの線を衝いてるような気がするよ。」
言霊ってあるからね。うっかり口にして私達の周囲に良からぬ影響が出てはいけない・・・
「それは・・・私達がこんな風に見ていて良いものなのでしょうか。」
「ちょっと危なそうだから、美園と相談して神社の人に通報してもらおうかな。事情とか聞かれたら困るし。」
「はい・・・この人はどうしましょうか?」
「うん、ちょっと考えがあるけど・・・まずは美園に連絡しようか。」
ソフィアと二人でうなずき合い、携帯端末をもう一度操作した。
*****
「はあ・・・どうして暑い中、連日呼び出されるのかしら・・・・・・元はといえば、私が頼んだ件だったわね。」
しばらくして、汗を額に浮かべながら到着した美園がため息をつく。
「アカリ、これは・・・!」
「うん、ソフィアの考えてる通りだと思うよ。」
「こちらの書物に記されていた、ヒトリノリツッコミに通じる実践ですね。勉強になりました、ミソノ!」
「ソフィアは一体どこでそんな言葉を覚えたのよ・・・私が貸した漫画よね・・・・・・」
何かを繰り返すように、さっきよりも少し生気の抜けた顔で美園が言った。
「とりあえず、水の精霊と風の精霊に冷やしてもらってるけど、体調は良くなった?」
「ええ、水分や塩分も補給したし、もう大丈夫だけど・・・異世界の精霊がエアコンみたいな扱いで良いの?」
「うん。アクエリアもアエリエールも、出番が無いよりはあったほうが喜ぶからね。」
ミスト状の水と、爽やかな風を送りながら、大きくうなずく様子が私達の頭上に見える。
「それで、向こうに倒れてるのが今回の元凶? 前に聞いた、この二柱で雷を起こしたというのを再現すればいいんじゃないかしら。自然現象なら仕方ないわよね?」
「あわわわわ・・・ミソノから殺気が!」
「うん、完全なんとやらも可能な気はするけど、とりあえず落ち着こうか。」
暑さのせいか多忙のせいか、心も疲れている様子の美園にお菓子を渡しつつ、さっきまでの出来事を説明した。
「・・・ええ、頭が痛くなりそうな話だけど、ひとまず分かったわ。闇サイトらしきものの通報は、神社の大人に頼むわね。呪いのグッズよりもお薬関係が完全アウトに見えるし・・・
ここの噂も沈静化に向かいそうなら、あとはあれを始末すれば大体終わりかしら。」
「どうしましょう、アカリ。ミソノがまだ荒れているようです・・・」
「それじゃあ、心が悪いものに囚われている可能性ありってことで、ソフィアの神聖魔法を一度ぶつけてみようか。」
「わ、分かったわよ、冷静になるから。ただ、何もせずに返すわけでもないでしょう?」
「うん、少し考えてみたんだけど・・・」
やり過ぎない程度に、こんなことを二度と起こさないよう反省してもらう方法を説明する。美園からもいくつか追加の案が出たところで、話はまとまった。
「それじゃあ、作戦開始。」
陣から近くの川沿いへと運んだ相手の顔に、水の精霊が生み出した水流をばしゃりと落とす。間もなく、目が覚めたようで体を起こした。
辺りを見渡した彼は気付くだろう。いつの間にか自分が移動していること。そして・・・・・・
「・・・!!」
ここは賽の河原と言わんばかりに小石が積み上げられ、風に乗って何者かの声が聞こえることに。
慌てて立ち上がった彼は、自分の鞄が近くにあることに気付く。そこには・・・私達が浄化済みの呪具の代わりに、よく似た色と材質の砕けた欠片が散らばり、文字を形作っているのだ。
『ツ ギ ハ ナ イ』と。
しばらくの間完全に固まり、やがて我に返った様子の相手は、鞄を抱え上げ逃げるように去って行った。
「うん。あり合わせのもので作ったから少し雑だけど、効果はありそうかな。」
「はい。随分と怯えているようでしたから、おそらくは大丈夫でしょう。」
「まあ、顔はしっかりと覚えたから、また何かやらかしたら今度こそ雷を落とせばいいのよ、物理的に。」
「あはは・・・命を落とさない程度に制御できるかな。」
水と風の力が役に立ち、楽しそうな精霊達を見上げる。
「あっ・・・? アカリ、ミソノ。この世界では物理と魔法を分ける傾向があるようですが、精霊召喚で現象を起こすのは魔力が元になるので、魔法の扱いでは?」
「ちょっ・・・! そもそもの前提知識が違うし、ソフィアはこっちと異世界の話が混ざってるし、これは面倒なやつよ!」
「うん、私達も一仕事終えたところだし、ご飯でも食べながらゆっくり話そうか。」
「そ、そうですね。お願いします、アカリ。」
少し頬を赤くしたソフィアの手を握り、そっと引き寄せながら、自分達の荷物をまとめる。
これで騒動が落ち着けば、花火大会も無事に開催されるだろうか。それを楽しむソフィアの姿を思い浮かべれば、さっきまでの疲れも飛んでゆく気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます