第72話 呪詛返し
「ふわあ・・・まだ少し眠いです、アカリ。」
いつも私より早起きのソフィアが、今日は目覚まし時計の音に、ぼんやりとした表情を見せている。
「あはは、早めの時間から張り込みだったし、その後に情報収集や陣への介入までしたからね。」
「それです。風の剣士様と水の賢者様・・・いえ、ヤヨイさんとウヅキさんのおかげで早めに完成したのは良いですが、やはり緊張が・・・」
「ああ、本当に向こうの世界の英雄だし、ソフィアの憧れの人達だものね。」
「はい・・・気を遣わなくて良いと言われても、一緒にご飯を食べるというのは、慣れそうにありません。」
うん、お礼として夕食をご馳走したけど、ソフィアの表情は少し固かったよね・・・仕方ない。あのお二人もこちらの世界を学びたいようだから、顔を合わせる機会はまだありそうだけど・・・
「そういえば、寝付きが少し悪かったせいなのか、ミソノに弟子ができる夢を見ました。」
「美園に・・・!? あはは、もしそんなことがあったら、気合いを入れて教えそうだけど。」
「それは・・・そのお弟子さんは、少し苦労するのでしょうね。」
ソフィアは向こうの世界で神官だった影響か、ごく稀に何か発動する時があるので、一年後とかの近い将来に、現実になっている可能性も無くはないけれど。
「さて、そんなもしもの話も楽しいけど、私達はそろそろ起きないとね。」
「はい、アカリ・・・・・・んっ。」
まだ少し眠そうなソフィアを引き寄せて、朝の挨拶を交わす。
「・・・もう少しだけ、こうしていても良いですか?」
「本当に疲れが残ってるみたいだね。シャワーを浴びて目を覚ます?」
「はい・・・!」
そのまま甘えるように体を寄せてくるのを、優しく抱き上げて、私達は一緒にお風呂場へと向かった。
*****
「さて、昨日の術式の効果を確認するわけだけど・・・」
「今日もまた、この隠れ場所を使うのですね。ミソノも知っているほど、有名な蛇さんに縁があるのですか。」
「あはは・・・そこを深く掘り下げると、少し危ない気がするから止めておこうか。」
そうして今日も電車に乗り、花火大会の会場近くまで歩いて、段ボール箱を組み合わせた小さな隠れ家の中へ。
「今のところ、作り替えた陣が発動した形跡はありませんね・・・今日も人がやって来るまで、待つことになるのでしょうか。」
「うん、それまでは朝の続きという気持ちでも良いかな。」
「はい、アカリ・・・」
自然と体を寄せ合う形となる隠れ場所の中で、私達はお互いの感触を確かめながら、訪れる人を待った。
「アカリ、これは・・・!」
「うん、人の気配だね。それも複数・・・」
そうして、少しの時間が経った頃、私の肩にもたれかかっていたソフィアが顔を上げ、真剣な表情に変わる。どうやら、数人が連れ立って陣のところへやって来たようだ。
「あっ・・・先頭にいる人の顔に、見覚えがありませんか?」
「確かにそうだね・・・これは友達でも連れてきたのかな。」
昨日も噂話のような形で、この場所のことが話されていたけれど、噂とか流行というものは、こうして広がってゆくのかもしれない。
「まあ、こうなる前に書き換えが間に合って良かったけど。」
「はい・・・あのお二人が手伝ってくれたものであれば、問題はないでしょうけど、やりすぎにならないかの確認は必要ですね。」
ソフィアとささやき合っているうちに、陣の前にやって来た人達がお祈り・・・また悪意の含まれた軽い印象のものを、始めたようだ。
その祈りに応えるように、辺りに風が渦巻き始め・・・今日は祈った人達へと襲いかかってゆく。物語などで耳にする言葉では、『呪詛返し』というものが近いだろうけど、これはもっと単純に、捧げられた悪意を出所に返しているだけだ。
元あった陣と同じように風の術式と、それらしい威圧のイメージ。二度とこんな形で安易な祈りをしないように、伝わっていれば良いかな。悲鳴を上げて逃げ帰ってゆく人達を見ながら、ソフィアとうなずきあった。
「昨日よりも、少し人が多いと思いませんか? アカリ。」
「うん、ちょうど噂が広がり出した頃だったのかもね。」
書き換えられた陣のところへ、祈りにやって来ては逃げ帰る人達を見て、状況が見えてきた気がする。あと一日対処が遅かったら、もっと面倒なことになっていたかもしれないので、本当に良かったのだろう。
「あとは、この状態が逆に心霊スポット化しないよう、噂が落ち着いた時点で撤去したいよね。」
「人の噂とは、面倒なものですね・・・向こうでも多少はあったかと思いますが。」
「こっちは人が多いし、便利な道具もあるから、情報が広がるのが早いんだよね・・・」
ソフィアもこちらの世界にだいぶ慣れてきているだろうけど、異世界との違いについて想いを馳せた。
「あっ、アカリ・・・! これまでと少し違う気配を感じませんか?」
「うん、これは・・・嫌な感じがするね。今まで何度か美園と祓ってきた、呪具のような・・・」
どうやら、花火大会を無事に迎えるためには、もう一仕事必要になりそうだ。
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