第71話 術式と対処

「美園。例の陣がある所にもうすぐ着くけど・・・休憩する?」

「確かに、ミソノの息が上がっているように見えますね。」

「・・・ええ、お願いするわ。」

美園が疲れている様子なので、歩いていた土手の斜面に三人で腰を下ろす。こんな季節だから、少し結界を張って虫の侵入は防いでおこう。


「一応聞くけど、水の精霊のミストは効いてるよね?」

「ええ、暑さという面では大丈夫だけど、神社の別の仕事を終えた後で、ここまで歩くダメージを見誤っていたわ。」


「・・・ミソノ。確認ですが身体強化の魔法は・・・」

「反動が恐いから止めておくわ・・・」

尋ねるソフィアに、美園がすぐさま首を振る。

うん、あれは使用量を誤るともれなく筋肉痛になるからね。そもそも魔法自体に慣れていない美園にはリスクのほうが大きいか・・・これから調べ物もあるわけだし、大人しく休んでおくのも良いだろう。




「で、見るからに嫌な気配を感じるけど、これが問題の陣ってわけね。」

「うん。ここに祈りが捧げられることで、魔力的なものが蓄積されて、花火大会の会場に強風が吹いてくるみたい。」

「どういった流れで動くかは推測できましたが、詳しい仕組みは専門外なので・・・ミソノは何か分かりますか?」


「そうねえ・・・例の呪具と似たものだし、何も知らないわけではないけれど・・・単純にこれを消し去るつもりではないのよね?」

「うん。少し説明がいるけど・・・」

ソフィアと二人で考えていた、今回の対処法の案を美園に伝える。


「・・・それって、術式を理解した上で、改変するってことよね? 短期間でやるのは大変じゃない?」

「まあ、そうだとは思うけど、私達は夏休みだし、いざとなれば魔法に詳しい人にも助言を求めるつもりだけど。」

「まずは自分達の手でやってみないと、あの方達にも失礼ですよね、アカリ。」


「・・・こんな夏休みの自由研究は想像していなかったわ。」

美園が遠い目をしているけど、うちの高校は確か無かったし、こんなの学校に提出できるわけ無いよね・・・!?



「まあ、美園は神社の仕事で忙しいと思うから、基本的には私とソフィアでやるよ。だから、この陣について分かることがあったら一通り教えて。」

「さらっと言うけど、私だって思い出したり考察が必要だったりするんだからね・・・!?」


「まあまあ、最後には依頼の成功と、花火大会でソフィアに浴衣を着てもらうことに帰結するんだから。」

「くっ・・・! それはやるしかないわね。」

「そこで私が出てくるのですか、アカリ、ミソノ・・・?」

うん。それは全てに優先されても良いくらいだと思うんだ、ソフィア。


ともかく三人で話し合いながら、怪しげな陣に関する研究を進めてゆく。美園が持っている知識と、私とソフィアの分析結果を合わせて、一区切りつく頃には空の色が変わり始めていたけれど・・・


「ふう・・・夏とはいえもう日が暮れかけてるじゃない。そろそろ帰るわよ。」

「うん、そうだね・・・いや、あれを使う手もあるけど。」

「ああ、見張りをしていた場所ですね。たまには向こうの世界での野営を思い出すのも、良いかもしれません。結界を張れば安全でしょうし。」


「いや、あれ段ボール箱を組み合わせたやつでしょ!? そこで夜を明かすのは洒落にならないから止めなさい。」

「もともとは有名な蛇さんの気分を味わうためだったんだけどね。」

「どっちにしても色々と危ないわよ!?」

まあ、美園が言う気持ちも分かるし、ソフィアをお風呂には入れてあげたいから、今日は帰宅しようかな・・・



『あれ・・・皆さんで何か楽しそうなことをしていますか?』

「「「!!!」」」

と、その時。頭の中に響いてきたのは、聞き覚えのある声。


「『水の賢者』様・・・いえ、ウヅキさん? 今はこちらの世界で起きている小規模な事件に、私達の力で対応しているところでして・・・」

少々慌てつつも、ソフィアがすぐに答える。憧れの物語で描かれた当人だから、呼び方がそっちに戻るのは、まあ仕方ないよね。


『そうでしたか・・・ご迷惑でなければ、そちらへ行かせていただいても?』

「は、はい! もちろん大歓迎ですので、いつでもお越しください。」


『ありがとうございます。それでは向かいますね。』

そう言った数秒後にはウヅキさんと、当然のように一緒にいるヤヨイさんが転移してくる。

向こうの世界からやって来る時は、いつもの公園だとは思うけれど、そこからさらっと家にいない私達の居場所を捕捉して、すぐにやって来てしまうのはレベルが違うとしか言いようがない。


「突然すみません、アカリさん、ソフィアさん。ミソノさんもお久し振りです。」

「い、いえ、お会いできて嬉しいです。」

すごく丁寧に話しかけてくれるけど、この人達は向こうで英雄と語られる存在なんだよね・・・本人達がそういう扱いを望んでいないのは、分かるけれど。


「ところで、見慣れない術式・・・それも良からぬ気配を感じるものがありますが、聞かせていただいても?」

「は、はい! 少し長くなりますが・・・」

元々、どうしようも無ければお二人に相談しようとしていた所だったので、これはありがたい状況でもあるのだろう。美園の神社に依頼が来たところから、説明を始める。


「・・・というわけで、今はここまで分析を進めまして、これから術式の書き換えを検討しようとしていたところです。」

「なるほど、状況は把握しました。その花火大会という行事まで期間は長くないようですが、私達が協力させていただいても良いでしょうか?」

「えっ・・・! それは大変ありがたいです。」

想像以上に食い付きが良い・・・いや、思い当たる節が無いわけでもないけれど。


「ありがとうございます。異世界の術式というのは興味がありますし、何より・・・」

「うん、皆が楽しみにする行事を呪う人達には、早めに制裁が下るようにしたほうが良いと思うよ、ウヅキ。」

「そうですよね、ヤヨイ!」

ウヅキさんとヤヨイさんがしっかりとうなずき合う。これはやっぱり、お互いを大切にしている二人には地雷案件だよね・・・




「うん、これで良いんじゃないかな。」

「そうですね・・・皆さん、いかがですか?」

それからしばらくして、陣を前に集中していた二人が、私達に顔を向けてくる。


「は、はい・・・! 私達が想像していたものより、ずっと凄いと思います。」

「これが『風の剣士』様と『水の賢者』様が協力した時の素晴らしさ・・・」

「確かに凄いけど、この速さも何なのよ・・・」

お二人が来たのは夕暮れ時だったけれど、完成した今も、夜に少し入ったくらいの時間だ。美園が驚く通り、本当に作業も速い。


「いえ、この件はもう皆さんが道筋をつけていましたので、私達はそれに合わせて術式を作っただけですから。」

「うん。何も無いところからだと、また全然話が違うからね。」

「あ、ありがとうございます・・・」

いや、こちらからすれば、それを完成に持っていく力が凄すぎるんだけどね。でも、私達が今までやっていたことが、ちゃんと役に立っているのは嬉しい。

同時に、まだまだ勉強が必要だとも感じさせられるけれど。


ひとまず、怪しげな陣への対処は完了したので、明日はその結果を確かめることになりそうだ。

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