第69話 捧げられたもの

「ひとまず、あの人達があそこで何をするのか確かめようか。」

「はい、アカリ・・・!」

ソフィアと身を隠しながら、怪しげな陣が描かれた場所へと向かう人々を確認し、言葉を交わす。


「アエリエール、あの場所の音を風に乗せて、私達のところまで届けてくれるかな。」

『承知しました、契約者よ。』

そして風の精霊を喚び出し、そこに向けられる言葉を聞く準備を整えた。



「アカリ、これって・・・・・・」

「うん、そういうことだね。」

やがて、届き始めた声を聞くソフィアの表情が、どんどんと曇ってゆく。


無理もない。人が多すぎてうざいから花火大会を止めさせてほしいとか、仲良くしている人達が妬ましいから不幸になってほしいなどと、軽い調子で祈りが捧げられてゆくのだから。

例えば、長年に渡る種族間の対立が元で起きた、あの世界の戦いのほうが、まだ納得できる理由なのかもしれない。


「残念だけど、こういう人達もいるんだよね。いや、向こうだって盗賊とか、そこまで行かなくても簡単に罪を犯す人はいたから、どこでも起きうることなのかもしれないけど。」

「そう、ですね・・・私が元いた場所に比べてこの国は豊かなので、そうした人が少ないという思い込みがあったのかもしれません。」

最近の事件に関するニュースを見れば、正直なところ、この場で起きたことくらいでは驚かなくなってしまうけれど、

異世界から来たソフィアにこんな思いをさせてしまうのは、やっぱり哀しいなという気持ちになる。


「何はともあれ、今ので嫌な空気が漂ってきたよね・・・って、まだ人が来るのか。」

「はい。これが積み重なれば、いずれは・・・」

そうして、他にも何組かの人達が訪れては、ささやかな悪意の祈りを捧げ、不穏な気配が陣の周囲に増していった。



「アカリ・・・そろそろ発動しそうです!」

「うん!」

やがて、ソフィアが警戒の声を強める中で、陣の真上に風が渦巻き始める。


「アエリエール、私達の魔力を渡すから、途中で止められる?」

『お任せください。』

そして荒れ狂う風が、花火大会の会場へ向かおうとする先で、アエリエールが風の精霊の力を放ち、途中の河原で暴風を霧散させた。


「ひとまず、今日のところは止められたのかな。」

「はい・・・!」

昨日混乱が起きた場所からは、少しばかり距離があるけれど、探知魔法で確認する限り、準備を進める人達が騒ぐ声などは聞こえてこない。


「あの風がどういう仕組みで起きるかは掴めたから、止め方を考えようか。ここに祈りに来る人達も含めて・・・ね。」

「はい・・・昨日も話した通り、この場で陣を壊すだけでは、根本的な解決にはならないのでしょうね。」


「うん。花火大会までに間に合わなければ、描き直す暇もないくらい直前で壊せば良いけど、出来ればちゃんと終わらせたいかな。」

「私も同感です、アカリ・・・!」

身を隠した場所で寄り添い合ったまま、ひとまずの方針を決める。

そして一息ついたところで、ソフィアが私の腕を抱くようにして、こちらをじっと見つめてきた。


「こんな時ですが、あの日来てくれたのがアカリで、本当に良かったと思います。」

何を言いたいのかは考えるまでもない。私が異世界に喚ばれた時、そこにいたのは私ではなく、先程そこで悪意ある祈りを捧げていた誰かだったのかもしれないのだから。


「ありがとう。私も向こうで会えたのが、ソフィアで良かったよ。」

それは私にとっても同じことで、もっと表面的な関係しか築けないような誰かが、お付きの人になっていたかもしれないし、こちらの世界にまで一緒に来てくれる存在なんて、そうそう出会えるものではないだろう。


「ソフィアにはこっちの嫌なところを見せちゃったからなあ。花火大会はちゃんと開催してもらって、楽しんでもらえるよう頑張るよ。」

「ありがとうございます、アカリ。」

温もりを感じる腕を引き寄せ、そのままソフィアの体を抱きしめる。全身で触れ合いながら、出会えたことの喜びを噛みしめた。



「美園に連絡は取ったけど、今は神社のお仕事中だから、着くまでに少し時間はかかりそうだね。」

「では、もうしばらくここにいますか?」


「それもいいけど、街で情報収集をしようかと思っていてね。」

「情報・・・ですか。聞き込みなどを?」

「いや、ここにいたような人達が、集まりやすい場所へ行くんだよ。ついでに軽く食事も出来るような。」

「そ、そんな所があるのですか・・・確かにそれなりの時間、ここで見張りをしていましたし、食事をするのも良いですね。」

食事という言葉に、ソフィアが少し嬉しそうな表情をするのを見ながら、私達は隠れ場所を出て動き出した。

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