第67話 霧中の風

「はい。場所と時間のご希望、承知しました。」

美園が慣れた様子で、お祓いの依頼者との話を進めてゆく。


『ソフィア、この人や周りの関係者からは何も感じないよね。』

『はい。私もです、アカリ。』

私とソフィアも隣について、悪霊の気配など無いか確認しているけれど、表向きは挨拶以外に話すこともほとんど無さそうだ。

ソフィアに関しては変に注目されないよう、軽く認識阻害もかけているし・・・


「この後、調査を兼ねて私共で周囲の状況を確認したいと思いますが、宜しいでしょうか?

 ・・・はい、ありがとうございます。」

そして、花火大会の会場となる一帯を見て回る許可も出たところで、依頼者との打合せは終了となった。



「念話は届いてたけど、依頼者や周りの人からは妙な気配とか感じなかったのよね? 私も同じだわ。」

「うん。これからの調査で何か見付かると良いけど、花火大会をやるくらいの範囲だからなあ・・・」

「探知魔法を使うとしても、それなりに手間はかかりそうですね。」

当然ながら、こういう催しは安全面など考慮して広い場所でやるものだろうし、それを視認できる範囲・・・今回で言えば、何らかの悪意を持って仕掛けてくる存在がいる可能性がある場所は、さらに広範囲に渡る。

これは『お狐様』の時くらい歩き回ることも、覚悟したほうが良いだろうか。


「それじゃあ、ここまで来るだけでも暑かったし、対策をしようかな。」

「はい。そうしましょう、アカリ! 認識阻害は強めておきますので。」

「え、対策・・・?」

うん、美園が戸惑っているけど、見てもらったほうが早いだろう。


「水の精霊よ、力を貸して! 召喚サモン、アクエリア!」

私の詠唱と共に、周囲に水の魔力を漂わせながら、アクエリアが姿を現す。


「アクエリア、私達の周りに薄くミストを作ってくれるかな。ここでは、暑さから身を守る必要がありそうなんだ。」

『ええ、お安い御用よ。』

そうして、水魔法で作られた霧が、うっすらと私達を包んだ。


「わっ・・・これ、本当に良いわね。

 そういえば、水神様の力は普段使っていないと思うけど、精霊は良いのかしら?」

「はい。こちらで神様と呼ばれるような存在からお借りした力は、自分の都合だけで使うものではないという気がするのですが・・・」

「精霊は私達の魔力を代価にしてるし、ずっと喚び出さないままだと、寂しがるからね。」


『当然よ。せっかく別の世界とやらに来たのに、することが無いのは残念だもの。

 今のところ、こちらで私を喚べるのはあなた達だけのようだからね。』

「異世界の精霊って、そうなのね・・・」

美園が少し戸惑っているけれど、向こうの感覚は分からないだろうから、仕方ない。

そもそも、こちら側で精霊を召喚できるのも、ウヅキさんとヤヨイさんがいたからこそ実現した、普通なら考えられないようなことだろうけど・・・



「というわけで、私とソフィアの魔力で少しだけ快適な調査になるよ。」

「・・・お昼代は私が出そうかしら?」

「いや、冗談だからね?」

「そこまでしなくて大丈夫です、ミソノ・・・!」


「まあ、多少のお礼はしたいくらいの涼しさだから、半ば出番を奪われかけた塩飴を、二人にも渡すわ。」

「おっ、ありがとう。全く汗をかかないわけでもないし、これも大事だね。」

「ありがとうございます、ミソノ。

 向こうの行軍でも、塩気は大切という話はよく聞くものでした。」

「その言い方をすると、少し物騒な感じがしてくるのは、気のせいかしらね・・・?」

軽口を交えながら、花火大会の会場となる河川敷を歩いてゆく。


「あっ、アカリ、ミソノ。悪い気配というわけではありませんが、先程までいた場所に動きが・・・」

「ああ、実際に花火を打ち上げることを想定した準備かな。地面に何か置いて、距離を測ってるように見えるから。」

「筒をいくつ置けるかとか、打ち上げ場所と観客が入れる場所をどれくらい離すか・・・そんなところかしら。」

先程まで話していた、花火大会の関係者の人達が何やら準備を始めたところで、ソフィアがぴくりと別の方角を向いた。


「えっ、アエリエール?」

「・・・! 何か私達に報せたいみたいだね。」

すぐに私もそれに気付き、そちらに向ける魔力を強める。


「・・・っ! 風が・・・!」

美園の神社にお祓いの依頼が来た理由である、私達が知るものとは異なる何かをはらんだ風が、河川敷に吹き抜けようとしていた。

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