第63話 二つの世界

「えっと・・・この料理が向こうの世界にも・・・?」

ウヅキさんの言葉を繰り返すように尋ねてしまう。私達にとっても、これは結構な衝撃だ。


「はい。私の故郷である東大陸に、この穀物や汁物は確かに存在します。

 西大陸では、交易で多少は出回っているとはいえ、珍しい品という扱いでした。

 それがどうして、異なる世界で・・・」

「『水の賢者』様・・・いえ、ウヅキさん。

 先程アカリが言った通り、これは確かにこちらの世界、そして私達が今いる国の伝統的な料理なのです。

 先日、ここから少し離れた地方に旅をしましたが、味付けなどの細部は違えど、同じ形式のものが宿に出るほどに・・・」


「なるほど・・・本当にこちらの世界でも昔から存在しているのですね。

 アカリさん、ソフィアさん、食事の前にお騒がせしてすみません。

 その・・・やはり私も少し、いただいて良いでしょうか。」

「もちろんです・・・!」

元より四人で食べても十分な量は作ってあるし、こんな話を聞いて断る理由はどこにも無い。

改めてウヅキさんの分も用意して、ヤヨイさんと一緒に味わってもらう。



「うん。私達の知ってる味に近いね。」

ヤヨイさんがしっかりと噛みしめながら、うなずいて言う。


「はい・・・こちらの世界に来て、初めて食べるものがこれだというのは、

 不思議でもあり、本当に感慨深いですね。」

ウヅキさんもそれに微笑んで答えた。


「この料理は、お二人にとってそこまで思い出深いものなのですか?」

そんな二人を見て、興味津々といった様子でソフィアが尋ねる。


「はい。故郷の食事ということもありますが、

 私がまだ何も出来ない頃に、ヤヨイが初めて作ってくれたのが、これですから。」

「ふふっ、もう15年くらい前のことか。本当に懐かしいよね。」


「「え・・・・・・?」」

二人が微笑み合うのを前に、私もソフィアも固まってしまう。


「そ、そんなことがお二人の間に・・・

 手に入る皆様の物語は全部読んだはずなのに・・・」

うん、好きなシリーズの作者さんが、世に出ていない前日譚の設定とか、聞かせてくれたようなものかな? 

ソフィアが思考の世界に入り込んでしまったようだ。


「私達を描いたという物語の細部までは分かりませんが、こんなことまで調べて書く人は、いないのではないでしょうか。

 そもそも、この出来事を知っている人の数も、片手で足りそうですし。」

「うんうん。もし知らない誰かが見ていたとしたら、覗きへの制裁を考えるところだね。」


「あ、そういう・・・」

「だ、誰にも言いません・・・!」

笑顔で少しだけ恐いことを言うヤヨイさんに、私もソフィアも背筋が伸びた。



「あっ、そこまで気にしなくても大丈夫ですよ。

 と言いますか、お二人ともヤヨイのことを恐がってません?」

「い、いえ、そこまでではありませんが・・・」

「その、初めて会った時、本当に『風の剣士』様なんだと思わせるような、

 不用意に近付けば斬られるような感覚を覚えていると言いますか・・・」

「アカリ・・・!?」


「ああ、あの時はまだ警戒を解いていなかったから、アカリさんの反応で間違いないよ。」

「もう・・・万一のことが無いよう考えてくれているのは分かりますが、

 ヤヨイがそんな風に見られるのは、私は嫌ですからね。」

笑顔のまま平然と言うヤヨイさんを見て、ウヅキさんが少し頬を膨らませて席を立ち、その後ろにすっと移動する。


「二人とも、大丈夫です。

 ヤヨイはとっても優しいですよ。」

そのまま腕を回して抱き着くと、肩にぽすんと顎を乗せた。


「あはは、しょうがないなあ。」

ヤヨイさんが慣れた様子で、ウヅキさんの頭を撫でる・・・慈愛に満ちた表情で。

その手の下で幸せそうに目を細める顔を見て、確信してしまった。さっき言った15年の間に、二人は数えきれないほどこうしていることを。


「アカリ・・・」

ソフィアがちらりとこちらを見て、くいくいと私の袖を引く。

うん、何も言わなくても分かる。後で私達も同じことをしよう。


「・・・というわけで、ヤヨイは本当に優しいのです。お分かりいただけたでしょうか。」

「は、はい・・・」

「勉強になりました・・・」

その優しさの大半は、一人だけに向けられている気がしないでもないけれど、ウヅキさんの言葉は確かなようだ。

・・・ソフィアは何の勉強をしていたのかな?


それはともかくとして、ウヅキさんの体を張った説明・・・単に見せ付けられただけのような気もするけれど、

そこからお二人の昔の話や、こちらの世界の食事の話題などで、食事の席は和やかに進んだ。


向こうの世界から精神を飛ばしてきているという、その本体とでも言うべき側にも、今のところ影響は無いようだ。




「少し考えていたのですが・・・こちらの世界にも、姉妹や双子といった概念はありますよね?」

「はい、もちろんです。」


「昨日お話しました通り、アカリさんが生まれたこちらの世界と、私達がいる向こう側の世界は、

 遠い昔に南大陸で起きた戦いで強大な力が働いたことにより、

 裂け目が出来るような形で、移動出来るようになった可能性があります。」

ウヅキさんが真剣な表情になり、語り始める。


「しかし、ここで思い当たるのが、いくら世界の中で強い力が働いたとはいえ、

 その程度で他の世界にまで移動できるようになるのか? ということです。」

確かに、言いたいことは分かる。

例を変えるならば、森に囲まれた島の中で、情報もなく適当に一ヶ所の道を開いたとして、

その先にあるのが大海原ではなく、隣の島だったというのは、なかなかに運が良い話だろう。


「もちろん、一つの考えにすぎませんが、同じような文化があり、同じような姿の人が暮らし、召喚魔法を用いれば言葉まで通じる二つの世界は、

 姉妹や双子のような存在という可能性があるのではないでしょうか。」

「・・・! はい。何の確証もありませんけど、そうかもしれない・・・そうだと良いなと思います。」

「私もです、アカリ・・・!」

物語によっては、世界を管理するような存在が現れて、こうした説明をしてくれるのかもしれないけど、

ここにはそんな気配は無いようだ。


だけど、知らないものについて想像を巡らせるのは、それだけで楽しいことでもあるし、ここはウヅキさんの考えに乗って、夢を見るのも良いだろう。


「ふふ、つい語ってしまいましたね。聞いてくれてありがとうございます。

 そうそう、今日はお土産・・・という言い方は失礼かもしれませんが、お二人にとって懐かしいだろう存在を連れてきたのですよ。」

そう言って、『水の賢者』とも呼称されるその人が微笑む。


「顕現してください・・・!」

やがて訪れた再会に、私達は確かに驚くことになったのだった。

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