第61話 私達の帰る場所

「まずはご挨拶を・・・私はウヅキと申します。

 あなた方のうちお二人は、アカリさんとソフィアさん、ですね?」

「・・・はい。」

「その通りです。」

夢の中へ呼び込まれた時から、その予感はしていたけれど、

この二人は、私達のことを知っている・・・!


「ウヅキ、いきなりそんなこと言うから、警戒されてるよ。

 ああ、私はヤヨイ。ウヅキの護衛とでも思ってもらえれば良いかな。」

「あっ、ごめんなさい・・・って!

 ヤヨイが護衛だなんて、なんてことを言うんですか。

 むしろ私がただの移動手段で・・・」


「いや、ウヅキの力が無ければ、ここには絶対に来られなかったよね。」

「ヤヨイが一緒にいてくれなければ、実行に移そうとは思いませんよ。」

あっ、自分達だけの世界に入り込むタイプだ、この二人。


「ねえ。あの二人、灯とソフィアに少し似てない?」

「・・・・・・そ、そうかな?」

「・・・どうしましょう、よく考えると否定できません、アカリ。」

うん、美園の言葉が地味に心を抉ってくるなあ。



「失礼しました。アカリさん、ソフィアさん。

 そして、こちらの世界の・・・お二人のご友人でしょうか。」

「ええ、美園といいます。」

少し目が座りながらの笑顔で、美園が答える。

いや、穏やかにね? この人達、もしかしなくても物凄く強いから。


特にヤヨイさんのほう、ウヅキさんと愉快な会話をしている間も、

こちらへの警戒を、全く解いていないから・・・!



「まず、アカリさん、ソフィアさん。

 あなた方に夢を見せたのは、ご想像の通り私です。

 私達にとっても初めての異世界、すぐにお会いすることも考えた上で、

 まずは警戒を前提に調査を・・・と思いましたが、

 お二人に嫌な思いをさせてしまい、申し訳ありません。」

「それを提案したのは私だよ。ウヅキのことはともかく、

 私に対しては、何と言ってくれても構わないと思ってる。」


あっ、ウヅキさんが少し頬を膨らませて、ヤヨイさんを見ている。

同じ会話の流れになるのは避けたようだけど、

気を遣われすぎて怒っているのでは・・・?


「だけど、警戒する気持ちだけは理解してもらえるかな。

 あなた達も今、伏兵を一人隠しているみたいに。」

「「・・・!!」」

「待って。伏兵なんて大げさなものじゃ・・・!」

ヤヨイさんの言葉に、私達に戦慄が走り、

美園が慌てて声を上げる。


「えっと、ここに呼んでしまったほうが早いでしょうかね。

 何かの共鳴を感じますし、この世界には便利な道具もあるようですから、

 連絡が取れるなら、動かないように伝えてください。」

「ええっ!? ちょっとユキ姉、聞こえる・・・?

 じっとしててだって・・・!」

先程から通話状態にしたたままの、携帯端末に向かって叫ぶのが、

昔の呼び方になっているあたり、その動揺も伺えるだろう。


「それでは、行きますよ・・・!」

ウヅキさんの手に杖が現れ、力を込める様子と共に、

魔法陣が展開される。


「え・・・・・・?」

そして、陣に光が走ると、

呆然とした様子の遥流華はるかさんが、その中心に現れた。


「ごめん、ユキ姉! 私が変なこと頼んだせいで・・・」

「だ、大丈夫だからね、美園ちゃん・・・?」

うん、子供の頃はこんなやり取りをしていたのだろうか。

美園が暴走すると、ソフィアに初めて会った日のように、

落ち着くまで戻らないのは、遥流華さんも知っているようだ。



「・・・外から聞き耳を立てていて申し訳ありません。

 私は遥流華・・・これは、本名でないと失礼になるのかしら?」

「いえ、気になさらないでください。

 私達も必要に応じて、名前は使い分けますので。

 ミソノさんのお姉さんですね。」


「いえ、昔から美園ちゃんのご両親にお世話になっていまして、

 少し年の離れた幼馴染・・・と言えば良いでしょうか。」

「~~~!」

なお、正気に戻った美園は、顔を真っ赤にしてしゃがみ込んでいる。

しばらく触れないほうが良さそうだ。


それよりも、先程からもう一人、

様子がおかしいのが、ソフィアなのだけど・・・


「あ、あの・・・今とは別の名前を持ち、私達が遠く及ばないほどの魔法の使い手、

 そして、いとも簡単に転移魔法まで・・・!

 ウヅキさんはもしかして、あの『水の賢者』様!

 それを片時も離れず守るヤヨイさんは、『風の剣士』様でしょうか!?」

遥流華さんの話が落ち着いたところで、

思い切ったようにソフィアが話しかける。いつになく早口だ。


「・・・嘘は良くないですよね、ヤヨイ。」

「うん、そうだね。確かに私達は、そう呼ばれることもあるよ。」

「~~~~!!」

その返答を聞いて、ソフィアが舞い上がっている。


無理もない。彼女は英雄達の伝承が大好きなのだから。

かく言う私も、それを好んで聞いている身なので、

当人達を前にして興奮しているけれど、ここは冷静にならなくては。


「あ、あの、英雄様達は、どうしてこの世界に・・・?」

「いえ、先に一つだけ質問させて、灯。」

復活したらしい美園が、真剣な顔で割り込んでくる。


「あなた達が、伝承に謳われるほどの英雄だというのなら、

 灯とソフィアが経験した戦乱の時は、どこにいたのですか?」

「・・・それに答えるのなら、東大陸で国からの依頼を受けて、

 『ビャクヤの砂漠』の未踏地域を探索していた・・・ということになるけれど、

 あなたが望んでいるものではないよね?」


「・・・・・・」

「違うのです、ミソノ。このお二人は、私の生まれた地からすると、

 越える者は居ないとまで言われた、北の山脈の向こうからやって来て、

 交易路を切り拓いた方々・・・! 後に英雄としての武勇伝も広まっていますが、

 そもそも、あの辺りにいるのが当たり前ではないのです。」

ヤヨイさんの答えに、唇を噛んだままの美園を、

ソフィアが慌てて制止する。


「東の大陸となると・・・私達がその時いたのが南大陸で、

 交易路で繋がっていたのは西大陸だから、すごく遠いことだけは分かるね。」

美園は向こうの状況を詳しく知らないだろうから、私も続いて補足した。


「そうですか・・・無知な中での質問、失礼しました。

 今のは、灯とソフィアには何の関係もありません。」

「いえ、ミソノさん。

 あなたがお二人のことを大切に思っているのは、良く分かりました。」


「美園ちゃんは、ソフィアさんの身に起きたことも知っているから、

 聞かずにはいられなかったのよね?」

「・・・・・・ユキ姉。」

遥流華さんがお姉さんの顔をして、美園を抱きしめるのを見て、

ウヅキさんが微笑み、言葉を続けた。



「もし私達がその場に居たとして、何をしていたかは分かりません。

 止められるものなら、両勢力と話すくらいはしていたと思いますが、

 全ては仮定の話でしかないでしょう。」

「お二人は、あの戦乱についても聞いているんですね。」


「はい。最近久し振りに南大陸へ来て、戦乱の話を知ることとなりました。

 そして、大規模な魔法が行使された形跡も・・・

 アカリさん、あなたが召喚された時のものでしょうね。」

「そうですね・・・数十年分の魔力を蓄積した上でのものと、

 私を召喚した国からは聞いています。

 ・・・それなら、お二人はどうやってここへ?」


「こんなことを言うのは、アカリさんに悪いかもしれませんが、

 あの召喚魔法に用いられた仕組みは、不完全なものでした。

 戦勝を記念して、召喚の間が公開されていましたが、

 そこを覗いた時に、気付いてしまいまして・・・」

「ええ・・・!?」

「さすがは、『水の賢者』様・・・!」


「ああ、ウヅキが凄いだけだからね。

 あの国の魔法の程度については、気にしないであげて。」

「ちょっと、ヤヨイ・・・!」

私達にフォローを入れるヤヨイさんに、ウヅキさんがまた頬を膨らませている。

伝承の通り、この二人は本当に仲が良さそうだ。



「ヤヨイの冗談はさておき・・・

 実は、私の一族が研究していた魔法式に似ていたのです。

 ですから、改良したものをすぐに作れましたし、

 それを試したい気持ちにもなりました。」

「えっ、『水の賢者』様の出身は、確か東大陸・・・!

 南大陸の魔法式と、共通点が?」


「それは、私達が南大陸を目指した理由でもあるけれど、

 遠い昔にあの山脈を越えて、西大陸へ渡ってきた人達の伝説があってね。

 細かいことを省いて言うと、私やウヅキの一族は、

 その人達の魔法を受け継いでいるかもしれないんだ。」

「昔にそんなことが・・・!」


「そして、私達の推測ではありますが、

 あの国の召喚魔法は、その人達が偶発的に生んでしまった世界の亀裂を、

 残された者達が何とか整備したものではないかと考えています。」

「えええ・・・今までの常識が吹き飛びそう。」

「それは、本当に驚きです・・・」


「もちろん、これが真実だと決めるには、まだ早いけれど、

 世界にはこんな風に、まだ知らないことがたくさんあると思うと、

 もっと旅をしたくなるんだよね。」

「私もです。ヤヨイと一緒なら、どこまでも行ける気がしますよ。」

ヤヨイさんと微笑みあった後、ウヅキさんが私達を見る。


「そうです・・・アカリさん、ソフィアさん。ご迷惑をおかけしたお詫びに、

 あなた方を向こうの世界へ、またお連れすることも出来る・・・

 と言ったらどうされますか?」

「えっ・・・そんなことが可能なのですか?」


「はい。実は私達、意識の半分ほどをこちらに飛ばしている状態なのです。

 本体は向こうの宿にいますよ。もちろん、皆に護衛はしてもらっていますが。」

「それは、まさか・・・!」

「ええ。アカリさんとソフィアさんの、ご想像通りの四人ですよ。

 ・・・話を戻しますと、同じ要領であなた方の意識を少しばかり、

 向こうへ飛ばすことも出来ると思います。ちょうど、今朝の夢のように。」

「もちろん、すぐに決めろとは言わないから、

 また会う時を決めて・・・」


「いいえ、私の心はもう決まっています。

 アカリも、分かりますよね?」

「うん、もちろん!」

二人が口にするのを制して、

ソフィアと私は目を合わせ、うなずき合った。



「私は向こうの世界では、もう命を落とした身です。

 それに、アカリに救われやって来たこの世界を、心から楽しんでいるのですよ。

 もちろん、アカリとずっと一緒にいられることも。

 ですから私は、もうあちらに行くつもりはありません。」

「うん。私もまだまだ、ソフィアにこちらの世界を楽しんでほしいかな。

 この前初めて、海で遊んだばかりなんだから。」


「分かりました。無用な心配だったようですね。

 では、その代わりに・・・またこちらにも訪れると思いますので、

 私達がお手伝いできることがあれば、お呼びください。」

そう言って、ウヅキさんが魔力で出来たらしい珠を、私達に手渡してくる。


「ま、まさか、『水の賢者』様から贈り物を頂けるなんて・・・!」

うん、ソフィアがまた舞い上がっているようだ。


「あはは、英雄だなんて呼ばれるようにもなったけど、

 私達はそうなりたいと思ったことは無いよ。

 身に降る火の粉を払ったら、相手方が色々な所でやらかしてただけで・・・」

「はい・・・むしろ、こうして別の名前でも使わないと、

 気軽に行動できなくなってしまいましたので、

 普通に接していただけるとありがたいです。」


「分かりました。ではヤヨイさん、ウヅキさん、

 これからもよろしくお願いします。」

「わ、私も承知しました。でも、これだけはお伝えさせてください。

 あなた方を描いた物語に、私は何度も勇気づけられました。

 それに、海に憧れを抱き、先日もアカリと楽しむきっかけになったのは、

 皆様が拓いた交易路のおかげです。この感謝はどうあっても変わりません。」


「そうですか・・・では、その言葉は大切にお受けします。

 皆にも伝えておきますね。」

「ふふっ、キサラギは分かりやすく嬉しそうにして、

 ムツキはその隣で少しだけ控えめに笑って、

 ハヅキは内心すごく喜んでるのを平然としようとして、

 ナガツキはそれにくっつきながら、くすっとすると思う。」


「ああ、どの名が誰を指しているのか、分かる気がします。

 『裂光の射手』、『宵闇の刃』、『火の指揮者』、『土の護り手』の皆様・・・!」

「あはは、さすがだね、ソフィア。」


「じゃあ、ウヅキ。そろそろ戻ろうか。

 ハヅキがそろそろ報告しろって顔で、こちらを見ているようだから。」

「はい、そうしましょう!

 それでは皆さん、またこちらの世界へ来た時に・・・!」

ヤヨイさんとウヅキさんが私達に手を振り、

そして指を絡めて、二人だけの言葉をささやき合ってから、

向こうの世界へと戻ってゆく。


振り返れば美園と遥流華さんも、落ち着きを取り戻して、

二人を見送ったようだ。

色々と説明しなければならないことが増えたけれど、

きっと驚きつつも、楽しんで聞いてくれるだろう。


「アカリ・・・」

「うん、ソフィア。」

対抗するわけじゃないけれど、私達も指を絡め、固く結び合う。


ヤヨイさんとウヅキさんが、仲間達の待つ宿へ帰るように、

今の私達にとっては、ここが帰る場所であり、

二人で一緒に居られることが、何より大切だ。


思いがけない異世界からの来訪者も、また増えるかもしれないけれど、

私達はこれからも、この世界で共に過ごしてゆくだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る