第1部終章

第60話 夏の夢

ぱちりと目を開ければ、自分が水の中にいることに気付く。

って、呼吸は・・・!?


息を止め、慎重に吸い込んで、口の中に水が入ってこないことを確かめる。

ああ、これはきっと夢だ。


眠る時に夢を見るのは、ごく普通にあることだけれど、

こんなにもはっきりと、これが夢だと実感して過ごすのは、珍しいと思う。


周りを見渡せば、深い湖の中にでも潜ったような様子だけど、

水の中を泳ぐ重さは感じず、ふわふわと空に浮かぶような気持ちだ。


まだこの夢には続きがあるのか、そろそろ目が覚めるのか、

思い浮かべながら漂っていたら、向こうにソフィアの姿が見えた。



互いの存在に気付き、水を掻き分けるようにして、急ぎ合流する。

身体を寄せ、顔と顔を近付けて、二人の呼吸を確かめ合う。


間違いない。私の目の前にいるのは、

夢が描き出した幻ではない、本物のソフィアだ。

言うなれば、私達は今、同じ夢の中にいるのだ。


目を合わせ、うなずき合う。合図はそれだけで十分だ。

「「・・・!!」」

二人で全力の結界を発動する。


いくら私達が繋がり合った存在だとしても、

こんな状況は、何者かが干渉しているのに違いないのだから。


そうして、結界の守りによって、

私達を取り込んだ『夢』の世界は崩れてゆき・・・



「ソフィア!」

「アカリ!」

目が覚めてすぐに、名前を呼び合う。

ぎゅっと抱きしめて、互いの無事を確認する。


「いくよ。」

「はい!」

「「探知魔法ディテクト!!」」

間髪入れず、辺り一帯に二人で探知魔法を放つ。

普段から近くの気配を探るのに使うことも多いけど、

今は一瞬の光を放つように、短くとも広く展開させる。

私達に干渉した何者かを見付け出すために・・・!




「・・・・・・怪しいものは、何も見付かりませんでしたね。」

「うん。私と同調して使ったのなら、

 前のお狐様みたいに、違和感に気付かなかったということもないか・・・」

今できる最善は尽くしたはずだけど、得られたものは無い。

少し考える必要がありそうだ。


「可能性の一つは、今の探知魔法の範囲外から、私達に干渉していること。

 あるいは、あまり考えたくないけど・・・」

「私達の探知魔法に対策が出来ている・・・

 つまり、仮説ではありますが、私と同じ世界からこちらへやって来た、

 より上位の使い手・・・ということですか。」


「うん。どんな形にせよ、私達が世界を越えて移動している以上、

 他にできる人が居ないとは限らないよね。」

「そして今も、こちらが感知できないところから、

 私達を観察しているかもしれない・・・ということですよね。」

口にするソフィアの表情は、いつになく沈んで見えた。


「そうだ、ソフィア・・・!」

「わぷっ・・・?」

ふと思い付いて、ソフィアを抱き寄せる。


「どうせ見られてるなら、見せ付けてあげるのはどうかな?」

「・・・! ふふっ、アカリらしいです。」

その表情に笑みが戻り、私の胸に顔をすり寄せてきた。


「でも、いい考えですね。

 今日は私を、アカリの好きなようにしていいですよ。」

「あはは、またそういう言葉覚えてる。

 じゃあ、お望み通りに・・・」

「んっ・・・」

二人で顔を寄せ合い、安眠を中断された分を取り戻すように、

温かい朝の時間を過ごした。




「で、相談があって来たということだけど・・・

 何かいつもより、顔色が良いのは気のせいかしら?」

「うん・・・気持ちの切り替え?」

「そ、そうですね。」

私達だけで解決できないのなら、真っ先に頼るのは、もちろん美園のところだ。

少しお肌がつやつやしていようとも、心配事があるのは確かなのだから。


「まずは聞いてほしいんだけど、さっきね・・・・・・」

「・・・なるほど。あんたとソフィアの力でもどうにもならない、

 異世界由来の何かがあるってこと?」

「うん、そういうこと。」

「恥ずかしながら、その通りです。」


「それは分かったけど、異世界の力って、私やこの神社でどうにかなるのかしら。

 いっそ、お祓いでもしてみる?」

「うん。何もしないよりは、ここの神様の力を借りて・・・・・・あっ。」


「アカリ、どうしたのですか・・・!?」

「もしかして、何か思い付いたのかしら。」

「うん。これからの動きについて相談したいんだけど・・・」

私達は声を潜め、今起きていることの対策を話し合った。



*****



夏は時折、夕立が降る。

日の光で温められた地面が、雲を作り出すことが原因とされるけれど、

それを知らずとも、この国で過ごしていれば経験として、

その状況が起きやすいと感じることも、少なくないだろう。


その通りに雨が降り、風も感じる夕暮れの町を、

ソフィアと美園と、三人で歩いてゆく。

・・・言葉は少なめに、悟られぬように。



『どうやら、こちらに向かってきたようです。』

『うん。気付かれたかな。』


『この雨と風・・・でしょうか。』

『おそらくね。私達は知らない何かが、これに混ざってる。』


『・・・・・・ようやく分かりました。

 魔力とは似て非なる何かが、微かに含まれているようですね。

 いずれにしても・・・』

『そうだね。ここまで来させてしまったからには、

 ちゃんと挨拶しようか。』


水神様と、風の子の力を借りて、違和感を覚えた存在を捕捉する。

お狐様の力で、こちら側のことは逆に分かりにくくさせる。


異世界から来たばかりの人であれば、向こうに無かった力には疎いはず・・・

その推測は当たっていたようだ。

近くまで来れば、風を通して声も聞こえてくる。

どうやら逃げるつもりはなく、今のところは敵意も感じない。



そうして、広い公園の片隅にたどり着けば、

認識阻害を解除したらしい、二人の姿が現れる。


私達よりも、そしておそらくは遥流華はるかさんよりも、少し年上だろうか。

彼女達が身に纏うのは、やはり異世界のものと思われる衣だ。


「初めまして。」

その内の一人が口を開き、世界を越えてきた私達の会話は始まった。

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