第59話 接触

「二人とも、昨日は海へ行ってたのよね?」

「うん。帰りが少し遅くなっちゃったから、

 午前中はゆっくりしてたんだ。あとは洗濯とかも。」

「あの辺は、移動だけでも時間がかかるわよね・・・

 まあ、私も午前中は神社の用事だったし、ちょうど良かったわ。」

海から帰った翌日の午後、私とソフィアは美園の神社を訪れている。


「ごめんなさい、アカリ。帰りが遅くなったのは、

 私が水族館で時間を使いすぎたせいですよね・・・」

「いや、そんなこと気にしないで。私も色々見られて良かったと思うし、

 何より、ソフィアに海を楽しんでもらうための旅行だったんだから。」

「ありがとうございます、アカリ・・・」

うん、あんなに目を輝かせて生き物を見るソフィアの隣にいたら、

急かすなんて考えは浮かんでくるはずもない。

思い出しながら、必要もないのに下げられた頭を、優しく撫でる。


「こういう時は、無糖のお茶とかコーヒーを持ってくれば良いかしら?」

・・・美園から少し冷えた視線を感じるのも、いつものことだよね。



「あはは、ごめんごめん。

 それより、お土産を持ってきたよ。」

「どうしても乾燥させたものになってしまいますが、

 美味しかったお魚や貝です、ミソノ。」

「ええ、ありがとう。この時期に日をまたいだ生の食べ物は、

 異世界に行けそうよね、転生のほうで。」

うん、私達は冷房の効いた部屋にいるけれど、外は夏真っ盛りである。


人気の物語の中では、何らかの手段で異世界との行き来が盛んなようだけど、

召喚が出来る程度の繋がりがあるらしい、ソフィアの生まれた世界とは、

今のところ私達以外に、移動した人に会ったことは無い。

やはり説明を受けた通り、数十年は魔力を貯めなければ不可能なのだろうか。



「そして、美園と遥流華はるかさんに・・・これを!」

「・・・! これは『レンジショット・セイラーズ』の地域限定グッズ・・・!

 知っていたのね、あそこが聖地だって。」


「うん。駅に広告なんかもあったし、

 ソフィアも興味を持ってあらすじを読んだりしたよ。

 遥流華さんは特に知ってる範囲が広そうだから、良いかと思って。」

「海を舞台にした作品は、数多くあると聞きますが、

 あんな風に実際の景色と共に物語を思うのも、良いものですね。」


「ありがとう、ユキ姉・・・遥流華さんも近々来るらしいから、渡しておくわ。」

「ん・・・? 美園、今なんて言った?」

「ハルカさんのことでしょうけれど、私達の知らない呼び方が・・・?」

「し、仕方ないでしょう。こっちは子供の頃から知ってるんだし、

 たまには昔の呼び方が出ても。」


「それなら、普段からそう呼べばいいのでは?」

「あー・・・ソフィア。

 美園の呼び方は、きっと遥流華さんの本名由来だから、気を遣ってるんだよ。」

「ああ、多くの人前に出るお仕事の人や、端末を通して書き込むような場所では、

 本名を使わないことが多いのでしたね。」

すぐに疑問を口にしたソフィアに、こちら側の事情を思い出してもらう。


「それもそうだし、私ももう子供じゃないのよ。

 神社の用事で会う時に、そういう呼び方はしないわ。」

「ええ? せめて私達だけの時とかは、気にしないでいいのに。」

「はい。私もアカリに同感ですよ、ミソノ。」


「うぐっ・・・こ、今度話してみるわ。

 そ、そんなことより、詳しいことはまた・・・遥流華さんに聞くけれど、

 例の呪具のことで、進展があったそうなのよ。」

「えっ、何か分かったの?」

うん、強引に話題を逸らされた気もするけれど、

私達が遭遇したいくつかの異変の原因である、呪具の話が大事なのは確かだ。


「そうなんだけどね・・・ああいったものを好んで集めていた、

 資産家の人がいたらしいのよ。」

「うわあ・・・コレクションが趣味の人は珍しくないだろうけど、

 なんでそっちの方向に・・・」


「まあ、その人自身は知識もあったから、封印はしっかりしていたらしいけど、

 急に亡くなって、後を継いだ人が何も知らなかったのか、

 骨董品として売り払ったりしたそうでね・・・」

「えええ・・・それはもう、収拾がつきそうにないよね。」


あの展望台で、良子さんが見たという怯えた人って、

もしかしなくても、持ってるうちに悪影響とか受けてたよね。

それとは別口で、この辺のお稲荷さんに放置したり、

川に投げ捨てた人もいるよね?


「ひ、ひとまず、出所が分かっただけでも良いと思います。

 何も情報が無いのとは違いますから。」

「うん、そうだね。

 結局私達に出来ることは、近くで見付けたら対処するってことかな。」

「ええ、取引記録を調べたり、呪具や購入者の行方を追うのは、

 現実的ではないでしょうね。」

うん、探偵とか治安維持部隊の物語なら、そんなこともあるかもしれないけれど、

私達は少し特別な力を持っているだけの、女子高生とその相棒だ。

日常の時間を大切にしながら、出来る範囲のことをやっていこう。



「そういえば、すっかり話が逸れてしまったけれど・・・

 『海水浴場で金縛りに遭った人を、姿の見えない人魚が助けた!』って、

 昨日の夜から、そんな話題が好きな人達の間で噂になっているらしいけど、

 何か心当たりはある?」

「うっ・・・・・・!」

「な、なんのことでしょう・・・」

「二人とも、私の目をちゃんと見てもらえる・・・?」


うん、認識阻害はしっかりかけていたけれど、

接触そのものを無かったことには出来ない。


きっと、半透明な手の霊に掴まれていた人からすれば、

何か高速のものが泳ぎ去り、助けられたという感覚は残ってしまったのだろう。

人魚というのは、さすがに飛躍しすぎな気はするけれど。


というわけで、隠し通せそうにも無いので、美園に白状する。

「はあ・・・そんなことがあったのね。

 無事に祓えたのなら良かったけど、本当に気を付けてね。」

うん、心配されて終わったので、良しとしよう。



「話し込んでいるうちに、

 今日も遅くなっちゃったけど、楽しかったね。」

「はい・・・! ただ、昨日のお魚を料理する準備はしていますので、

 少しだけ急ぎませんか、アカリ?」


「うん、そうしよう。」

「・・・・・・っ!」

手を繋ぎ、少し早歩きをしようとした時、

ソフィアが不意に表情を変える。


「ソフィア、どうしたの・・・!?」

「誰かに見られたような気が・・・・・・

 いえ、今は何も感じません。気のせいだったのでしょうか・・・」


「探知してみる?」

「はい・・・しかし、そもそもどの方向だったのか・・・」

そうして、何度か探知魔法ディテクトを試してみたけれど、

何も捉えることは無く、私達は首を傾げつつ家へと帰った。

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