第58話 海の恵み

「ふう・・・思わぬお仕事みたいになっちゃったけど、

 終わった後は、こんな風にするのも気持ちいいね。」

「はい、アカリ・・・!」

ソフィアと向かい合い、雫でいっぱいの身体を、

互いに優しく撫でてゆく。


「それにしても、海から上がればやはり暑いですし、

 ここのシャワーに、人が並ぶのも分かります。」

海に現れた霊的存在を祓った後、私とソフィアは海水浴を切り上げ、

いわゆる『海の家』と呼ばれる施設のシャワーを借りていた。


当然ながら列は出来ているけれど、ソフィアが目立たない程度に認識阻害をかければ、

一つのシャワー室に二人で入っても、行列の解消に役立つだけなので、

何かを言われることもない。そもそも親子連れの人達も同じことをしているし。



「実はそれだけじゃなくてね、海水はお肌にあまり良くないから、

 海で遊んだ後は、早めに真水で洗ったほうが・・・と言う話も聞くんだよね。」

あまり広いとはいえない空間で、一つのシャワーを分け合いながら、

ソフィアの長い髪が傷まないよう、大切に洗ってゆく。


「それはいけません。アカリの綺麗なお肌が荒れてしまいます。」

向かい合ったまま、ソフィアが私の頬に触れて、優しく撫でてきた。


「それを言うなら、ソフィアのほうが綺麗なんだけどなあ・・・」

「もう、アカリにはもっと、自分のことを大切にしてほしいのですが。」


「あはは、この会話は何度目だっけ?」

「何度でも言います。アカリのことは大切ですから。」


「ありがとう、私もだよ。」

「ん・・・」

いつもの言葉を交わしながら、私達は触れ合ったまま、

お互いの身体をシャワーで洗い流してゆく。


「さて、あまり長くなると後の人達に迷惑だから、そろそろ終わろうか。」

「はい、アカリ。」

水を止め、近くにかけていた大きめのタオルを手に取った。


「こうしていると、一緒のお布団にいるようですね。」

「うん。それはまた、帰ってからのお楽しみだね。」

「はい!」

私達は一つのタオルに身を包みながら、並んでシャワー室を出た。



*****



「さて、これから少しだけ歩くけど、

 体を動かした後の食事に、良い場所があるよ。」

「なんでしょうか。楽しみです・・・!」

荷物をまとめ、海水浴場を後にして、海沿いの道を歩いてゆく。


さっきまで泳いでいた場所ではあるけれど、

こうして少し離れた所から、景色を眺めるのも心地よい。


「海が青いです、アカリ・・・!」

ソフィアが目をきらきらさせながら、話しかけてくるのを見て、

この道を選んで良かったなと、心から思った。



「地図によると、もう少しかな。

 いや、目的地がどの辺にあるかは、既に感じられる気がするけど。」

「あ、アカリ。なんだか良い香りが向こうから・・・!」

うん。こういうのは人を引き寄せる効果が強いよね。

私もソフィアも、自然と足が早まっている。


「見ての通り、ここは市場だよ。

 近くに漁港もあるから、新鮮なお魚や貝を売ってるんだ。

 お土産を買う人も多いけど、今の私達にはまず・・・」

「これは、採れたてのお魚を焼いているということでしょうか。

 想像するだけで美味しそうです!」

「うん。まずは屋台の食事を楽しむことにしようか。」

先程から良い香りを漂わせている、立ち並んだ露店へと急いだ。



「アカリ、焼けたお魚の皮がぱりぱりです! それに身もふっくらとして・・・!」

「あはは、何かの紹介文によくありそう。

 でも、本当に美味しいよね。」

飛び上がらんばかりのソフィアの隣で、私も美味しく魚の串焼きを味わう。


そして、少しばかりお高いけれど、

近くのお皿に乗せたものも、とても楽しみだ。


「ソフィア、こっちの貝もきっと美味しいよ。」

「はい、アカリ。ここにお醤油を垂らして食べるのでしたね。

 わっ、中には意外と大きな身が・・・あむっ・・・~~~~!!」

うん、また別の異世界に旅立ったような表情が見える。


「あ、アカリ・・・・・・これだけ大きな貝の食感も初めてですし、お魚とはまた別の美味しさが・・・!」

「うんうん。少し奮発したけど本当に美味しいよね、これは。」


「アカリ、私は海に来ることが出来て、本当に幸せです。」

「あはは、ソフィアが嬉しそうで私も幸せだよ。

 あの国には海が無かったものね。」


「はい。そもそもあの一帯が、平原や山に囲まれた場所でしたから・・・

 そう考えると、交易路を切り開いてくれた英雄の皆様方に、本当に感謝すべきでしょうね。」

「うんうん。おかげで少量で高価とはいえ、海産物も入ってきていたんだから。

 彼女達の武勇伝まですぐに広まったという人気も、分かる気がするよ。」


「武勇伝といえば、交易が始まって間もない頃、どこかの国が拘束しようとして、軍隊ごと制圧されたと聞きますね。

 二つの大陸を救ったという物語も、誇張は無いように思います。」

「あはは、英雄って凄いなあ・・・」

私達が出会った異世界での、有名な伝承も語り合いながら、

食事の時間は楽しく過ぎていった。

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