第57話 透き通る手

「ソフィア、探知をお願い。」

「はい。アカリ・・・!」

悲鳴の聞こえた方角に向けて、ソフィアが探知魔法ディテクトを発動する。

私はその間に、砂浜のほうからぐるりと見渡して、辺りの様子を探った。


「アカリ、確認しました。

 水に沈みかけた人に、霊的存在が絡み付いています!

 そして、向こうにはより大きな、同質の反応が・・・!」

ソフィアが示すのは、さらに沖の方。

放置すれば、被害はどんどん大きくなりそうだ。


「砂浜のほうから、監視員の人が助けに来ようとしてるけど、

 この状況だと、もう一人捕まるだけになりそうだね・・・

 ソフィア、行ける?」

「もちろんです、アカリ!」

方針が決まったところで、私達の周囲に厳重な認識阻害をかける。

人に見られず動くのは、今回はいつも以上に難しそうだ。



「ソフィア・・・」

「っ・・・! アカリ、こんなところで・・・?」


「それもいいけど、この状態で強めの結界を張ってもらえるかな。

 水に潜り続けるから、呼吸出来るようにしておかないとね。」

「そ、そうですね・・・任せてください、アカリ!」

顔を寄せ合った私達の周りを、ソフィアの結界が包む。

目の前の頬がだいぶ赤い気がするけど、きっと大丈夫だろう。


「潜るよ。」

「はい・・・!」

準備が出来たところで、水中へと体を沈め、

呼吸に問題が無いことを確認してから、進むべき方向を見据える。


「感覚共有・・・」

「ん・・・」

召喚の繋がりを利用して、抱き合う私とソフィアの感覚は一つになった。



「私が霊的存在のいるほうに泳ぐから、

 ソフィアは水神様の力で、流れを味方にして。」

「はい。今こそ力をお借りすべき時ですね。」

動き出した私達の背中を押すように、周囲の水が力強く流れ始める。

横合いから打ち寄せる波を物ともせず、目的の場所はどんどんと近付いてきた。


「あそこですね。苦しそうにしている人の足に・・・

 透き通った手のようなものが・・・?」

「うん・・・あれは海で命を落とした人の霊として、

 昔から語り伝えられる姿だね。

 近付いた人を、自分達と同じ存在へ引き込もうとする・・・と言われているよ。」


「それは・・・やりきれない話ですね。

 しかし、今は・・・!」

「うん。これを放っておくわけにはいかないね。」

ソフィアとうなずき合って、

人を水中に引きずり込もうとする半透明の手に、狙いを定める。


「少し離れたところを通り抜けるから、浄化をお願い。」

「はい・・・!」

勢いをつけて、溺れかけた人の近くを通り過ぎ、

ソフィアが光を放てば、絡み付いた手は霧散した。



「砂浜のほうから助けが来ているから、この人はもう大丈夫。

 ソフィア、このまま行ける?」

「はい。アカリ・・・!」

少し後方を確認してから、私達が向かうのは、

ここよりも沖のほうで感じた、大きな気配。


私が足を動かし、ソフィアが水の流れを操りながら、

抱き合ったまま海中を進んでゆく。


「これは・・・!」

「うん。分かっていたとはいえ、実際に見るとなかなか嫌な光景だね。」

そうして見つけたのは、先程浄化した手と同じ存在が、

群れを作るように蠢く姿だった。


「船でこういうのに遭遇して、沈められかけた話が伝わっているんだよね。

 その時は、こちらの世界での、神殿の詠唱みたいなものを知ってる人がいて、

 どうにか切り抜けた・・・という結末だった気がするけど。」

「それなら、私が適任ということですね。」


「うん。じゃあ力も強めていこうか。

 召喚サモン、ソフィア!」

私の詠唱で、異世界の神官服を身に纏うソフィアの姿が現れる。

結界の中で水中に佇むその姿は、とても神秘的だ。



「この地に漂う救われぬ思念おもいに、どうか安らぎを・・・

 神聖魔法ディバイン!!」

ソフィアが祈りと共に光を放てば、

それに触れた半透明の手が、次々と溶けるように消え去ってゆく。


やがてそこにあったのは、射し込む日の光が柔らかく照らす、

青く穏やかな海中の景色だった。


「さあ、戻ろうか。」

「はい、アカリ。」

私とソフィアは手を取り合い、砂浜へと向かう波に乗って、

並んで泳ぎ始めた。

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