第55話 青い宝玉

「さて、場所も確保できたところで、

 拠点作りを始めようか、ソフィア。」

「はい、アカリ・・・!」

砂浜の奥まった場所、周囲に人もいない岩場近くに陣取ったところで、

私達はその準備を始める。


「まずは厳重な認識阻害をかけて・・・結界の起点はこの辺りにする?」

「はい! それではこちらの地点と・・・ここから囲む形で起動しましょう。」

向こうの世界では野営の時に、何度となくやってきたことだから、

特に手間取るところもなく、辺りを包み込む結界は完成した。


「うん。こうしておけば、ソフィアが妙な視線に晒されずに済むね。」

「アカリもですよ。自分のことも大切にしてくださいね。」


「いや、ソフィアに比べれば、私が注目されることは無いと思うけど・・・

 まあ、この話は終わらないから止めておこうか。」

「そ、そうですね。」

私達の間でこの話題が何度目になるのかは、考えないでおこう。


なお、この場に美園はいないので、

「海水浴場に来て、なんで結界なんて張ってるのよ・・・!」

という声は響いてこない。いや、後で話したら間違いなく言われるだろうけど。



「さて、拠点作成も終わったところで・・・

 来た人が自由に使える更衣室が、向こうにあるみたいだけど、どう思う?」

「・・・行列が出来ていますね。

 そもそも、アカリと私が作った結界内のほうが、安心できますが。」


「うん。それは同感かな。ただ、野営の天幕みたいなものはさすがに無いから、

 結界で外からは見えないといっても、

 私達からすると、開放的な中で着替えることになるんだよね。」

「・・・・・・遮蔽物を用意しましょう、アカリ。」


うん、厳密には向こうの感覚でいれば、

結界がどう展開されているのかは見えるけれど、

それを除けば、遮るものは無いも同然である。


ソフィアも、生まれ育ったのは向こうの世界だけど、

今は私の召喚で付いてきている形だし、こちらで過ごした時間も短くはないから、

その感覚が伝わっているようだ。


「じゃあ、日焼け対策で持ってきた傘と、

 その辺に落ちてる流木らしきものを立てて、タオルをかけようか。」

「はい、そうしましょう!」

とはいえ、向こうの野営は現地調達なんて当たり前だから、

それほど時間はかからなかったけれど。



*****



「それじゃあ、そろそろ水着に着替えようと思うけど、

 手伝おうか? ソフィア。」

「お、お手柔らかにお願いします、アカリ・・・」

「いや、着替えるだけだからね?」

水着を着ること自体が初めてのソフィアを、

簡単にではあるけれど、手伝ってゆく。


「・・・やっぱり綺麗。」

「~~~~!! 次はアカリの番ですからね。」


「これで良し、と。後ろの紐まで結んだけど、

 緩かったりきつかったりしないかな?」

「はい、大丈夫です。大丈夫ですが・・・

 身を包むものがこれだけというのは、やはり恥ずかしいです。」


「まあまあ。そういえば、肌が出るところが増えたから、

 日焼け止めも塗り直そうか。」

「はい、お願いします・・・・・・ひゃっ?

 あ、アカリ。急に背中に触れられると何か・・・」


「ごめんごめん。これくらいがいいかな。」

「ん・・・はい・・・・・・今度は心地よいです。」


「・・・大体塗り終わったけど、どうする?」

「もう少しと、おねだりしても良いのですか?」


「少しならいいけど、せっかく泳ぎに来たんだから、

 ゆっくり同じことをするのは、帰ってからにしようか。」

「~~っ! そ、そうですね。

 ではアカリも着替えましょう。今度は私が手伝います。」

ソフィアの顔が何度か真っ赤になったけれど、

私達はどうにか水着への着替えを終わらせた。



「さて、準備も出来たところで海へ・・・ソフィア、どうしたの?」

「・・・あ、すみません、アカリ。

 あちらのほうから、少しだけ妙な感じがしまして。」

顔を向ければ、岩場のほうを見つめて、

ソフィアがわずかに表情を曇らせている。


「えっ、霊的反応とか? 私は何も感じないけど。」

「いえ、念のため探知魔法ディテクトを簡単に使ってみたのですが、

 強い反応があるわけではなく・・・でも違和感は消えないのです。」


「ソフィアの勘ってことだよね・・・じゃあ、確かめに行こう。」

「い、いいのですか? 何も確証があるわけでは。」


「もちろん。すぐに日が暮れるわけでもないし、

 不安は解消しておくに限るでしょ。それにソフィアの勘って、

 いつも当たるわけじゃないけど、小さなことに気付けて良かった・・・!

 ってことが、向こうでもよくあったんだから。」

「あ、ありがとうございます、アカリ。」


「うん、じゃあ岩場の向こうだから、

 履き物とか結界とか準備して、出発しようか。」

「はい、アカリ・・・!」

そうして私達は、向こうでの経験も活かしながら、

慎重に岩場を乗り越えてゆく。

もちろん、海辺の人達には気付かれないようにしながら。



「あっ・・・! あそこに青い・・・宝玉に似た何かがあります。」

そして、ソフィアが指差す先を見れば、

青く透き通った小さな存在が、波に打ち上げられた様子で、

岩の上で陽光を反射している。


「少しだけ嫌な気配がします・・・私が感じたものはこれでしょうか。

 まさか、呪いの類でもかかって・・・!?」

「いや、おそらく呪いではないんだけどね・・・

 これは海の生き物なんだよ。毒を持っていることで有名な。」

「・・・!?」

うん。ソフィアが知らないのも無理はないけれど、

海の情報を調べれば、注意を喚起するページの一つでも、

見かけることは珍しくないだろう。


「確かに向こうだと、毒を持った動物とか、

 それを使ってくる敵とか、要注意だったからね。

 ソフィアの勘が、それに反応したんじゃないかな。」

「そうでしたか・・・わざわざ足を運ばせてしまい、すみません。」


「気にしないで。これも実際に目にするのは、そう機会があるわけじゃないし、

 近付かなければ綺麗なのは確かだからね。

 この思い出も、ソフィアのおかげってところかな。」

「ふふっ、ありがとうございます、アカリ。」

笑顔の戻ったソフィアが、青い水着と一緒に太陽に照らされて、

輝いて私の目に映る。


「まあ、綺麗というなら、一番はソフィアだと思うけどね。」

「もう・・・本当に恥ずかしいです、アカリ。」

ソフィアが顔を赤くしながら、私の肩にこつんと頭を寄せた。


「それじゃあ、今度こそ泳ぎに戻ろうか。」

「はい・・・!」

そうして、小さな青い宝玉の思い出を残し、

私達は砂浜へと戻るため、岩場をまた進み始めた。

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