第54話 潮風

「もうすぐ海近くの駅に着くよ、ソフィア。」

「はい、アカリ・・・出発前に聞いてはいましたが、

 電車に乗る時間が長かったですね。」

既に二度の乗り換えを経て、窓の外を眺める回数も減っていたソフィアが、

少し伸びをしながら答えてくる。


「うん。私達が住んでる場所は、そもそも海から少し遠いし、

 観光として楽しむなら、どこの海辺でも良いわけじゃないからね。」

「はい・・・しかし、その分と言いますか、

 ミソノとハルカさんに薦められた本を、多く読むことが出来ました。」

「うんうん。この前の町に行った時は、

 車の中や宿で一緒の時間が長かったから、色々教えてもらったよね。」

・・・その二人だけで、私達の理解が及ばない深い話へと、

時折潜ってゆくこともあったのは、置いておくとして。


「はい・・・! 特に『ラビットクラン』の新章で、

 新たな登場人物の『青猫』がだんだんと周りに心を開いてゆき、

 終盤には個性豊かな同期達をまとめる立場となるのは、

 応援したい気持ちでいっぱいになってしまいました。」

「あはは、ソフィアも本当にはまってきたみたいだね。

 私としては、こんな場面を再現してみるのはどうかな?」


「こ、これは・・・『ムーンボウ・コミュニケーション』で、

 主人公の二人が体を触れ合わせ、言葉にせずとも思ったことを伝え合う・・・

 って、アカリ。ミソノと一緒に作った道具で同じようなことが出来ますし、

 学校などで私がアカリの中にいる時が、まさにこの状態では?」

「まあ、確かにそうなんだけど、あえて言葉に頼らず、

 こんな風にするのも良いと思わない?」

「・・・・・・はい。でも、なるべく人のいないところで・・・」

ソフィアが素直になってくれたところで、私達の乗る電車は駅に着いた。



*****



「潮の香り・・・と言うのでしたか。どんどんと強くなってきましたね。

 もうすぐでしょうか、アカリ。」

「うん・・・! そうだ、ソフィア。

 砂地が見えてきたから、靴を履き替えようか。」


「そうでしたね。これが先日準備していた、

 砂の上を歩くための履き物・・・!」

「うん。普段よく見かけるような靴で行くと歩きにくいし、

 中に砂がたくさん入ってきて大変なんだ。」


「ふふっ、私が元いた世界での行軍で、

 足場が悪い時の対策をしたことを思い出しますね。」

「ああ、向こうは湿地帯とかが危ない場所だったけど、

 私達よりも、重装備の騎士団の人達が大変だったよね。

 まあ、ここは戦場では・・・・・・いや、ある意味で乱戦を思い出す混雑か。」


「うっ・・・駅から歩く時点で、同じ方向の人が多いとは思いましたが、

 向こうに見える人の数は・・・・・・」

うん、夏場に海水浴に行く人が多いのは、最初から分かっていたことだ。

こちらも実際見るだけで暑くなってきたのと、

ソフィアが隣で、目を白黒させているくらいで・・・


「アカリ、こうして間近で触れられる海を見たことは、とても嬉しいのですが、

 あまりの人の多さに、困惑する気持ちも生まれるのは何故でしょう・・・」

「向こうの世界でもそうだったけど、

 何もかもが上手くいくことって、なかなか無いものだよね・・・」

まあ、半ば覚悟していたことでもあるので、

気を取り直して、腰を下ろす場所でも探すとしよう。



「少し大きめの敷物を用意して、休んだり荷物を置く場所を作るというのは、

 周りを見て実感できましたが・・・私達が入り込む隙間はあるのでしょうか。」

「こういうのは、入口に近くで便利なところから埋まってゆくものだよね・・・

 あっ、少し遠いけど、あの辺はどうかな。」


「確かに人が少ないですね。何か理由でもあるのでしょうか。」

「うーん、単純にここから見るとほとんど反対側なのと、

 岩場が近いから、広めに使いにくかったりするのかな。」


「それなら、私達には問題というほどのことはありませんね。

 ・・・アカリ、見たところ、砂地を駆け回って遊ぶ人達もいるようです。

 少しだけ本気を出しても?」

「いいね、一応認識阻害は強めにかけて、行こうか。」

「はい・・・!」

うなずきあって手を繋ぎ、ほんの少し強化魔法をかけて、私達は駆け出す。

もしも近くを通る人がいれば、風が吹き抜けたと感じるだろうか。


本来、身体強化魔法の類は、後で反動がくるものだけど、

慣れてくれば、ちょうど良いところを見つけ出せる。

私とソフィアなら、互いに心地よい程度を保ちながら、一緒に行くことだって。



あっという間に、開けた砂浜を反対側まで駆け抜けて、

最初に指差した辺りで足を緩めれば、

少し狭いけれど、二人だけで過ごすには十分な空き地と、

寄せてくる波だけが見える海。どうやら当たりだったようだ。


「ふふっ。良いですね、アカリ。

 たまには思い切り走るというのも。それに・・・」

「うん。やっぱり言葉に頼らないのも、楽しい時ってあるよね。」

「はいっ・・・!」

ソフィアの声が、今日一番に弾んで響く。

少しばかり壁を越えて、これからもっと海を楽しんでくれそうだ。

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